チェロ
私が生まれた家にはチェロがあった。それを触っていただけで、誰かに正式に習ったことはなく、中学時代のコントラバスのようにまとめて練習したこともない。見様見真似で遊んでいたにすぎない。それでも小さい頃からの積み重ねで何となく弾けるようにはなってしまっている。それだけのことなので、弦楽器の中ではチェロが一番苦手である。
チェロが苦手なのは、練習をしていないという以外にも少し理由がある。バイオリンとは弦が一本ずれることと、運指がバイオリンとは若干違うからである。バイオリンの4本の弦は低い方から「G、D、A、E」であるのに対し、チェロは「C、G、D、A」となっている。無意識に開放で「ラ」をだそうとすると習慣で高い側から2番目の弦を弾いてしまうのである。指使いについては、バイオリンは半音の幅でも全音の幅でも一音で一つの指としてとらえるが、チェロでは半音で一つの指である。バイオリンで「ミファソ」とD線で弾くには指使いは「123」となるが、チェロでは「124」となる。常に意識してないとついうっかりバイオリンの癖に戻ってしまい音程がずれてしまう。
4音の和音を弾く時の弓の使い方もよく混乱する。曲の最後は、和音を弾いて弓を上げて終わることがよくある。バイオリンでは、下の弦から高い弦へと弓を動かすときひじが下がる方向に動く。ところが、チェロではひじが上がる方向に動くのである。曲の最後の和音は下げ弓で弾くことがほとんどなのでまだいいが、上げ弓の4音の和音がでてきたら、「最悪!」とつい思ってしまう。
弾くことを苦手としていても、人に教えるという点では苦手意識はない。オリンピックプレイヤーの指導者全員がオリンピック出場者とは限らないのと同じで、教えることと自分でプレイすることは全く違う。決してバイオリンの弾き方をそのままチェロに教えるというわけではない。バイオリンとチェロの違いを認識したうえでチェロの弾き方を教えているつもりである。弦の音程や運指が違うことだけではない。弓の持ち方も違うし、弓を動かすスピードも違うし、発音の感覚もバイオリンとは違う。
バイオリンを足の上において弾く「チェロ弾き」という芸当(遊び)がある。その弾き方をする時は、バイオリンの弾き方を縦にするだけである。チェロの弾き方を小さなバイオリンでするのではない。それは、バイオリン奏者が縦のバイオリン弾きをするだけでなく、両方を使える私も縦のバイオリン弾きとなる。なので、チェリストに「バイオリンのチェロ弾き」をしてもらっても音がまともに鳴らないことが多い。
チェロを立ってコントラバスのように弾くこともできる。しかし、立ってしまうとなぜかチェロは楽器が安定しない。コントラバスはお腹で支えられるがチェロのエンドピンを伸ばしただけではお腹で支えられないからである。コントラバス奏者にバス弓を使ってチェロの立ち弾きをしてもらっても楽器がくるくると回ってしまう。