井之四花 頂

幻創文庫(2019年3月閉鎖)で契約作家をしておりました。主に小説を書きます。長編を今…

井之四花 頂

幻創文庫(2019年3月閉鎖)で契約作家をしておりました。主に小説を書きます。長編を今まですべて完結させてきたことだけは褒められていいと思っています(出来は言わない)。

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  • 我流リテラシー in note

    時事問題に関するエッセイが中心。Hatenaブログ「我流リテラシー」(https://ameiri3ko.hatenablog.com/)のnote版。

最近の記事

悼むことの「痛み」について──党派性は「最強の免罪符」か?

 一人の人間が死ぬと、一つの物語がその時点で終わる。続きはあり得ない。彼/彼女の死を境にして、その人が紡いできた物語は直ちに風化を始める。世界は死者を置き去りにし、あとは生者だけに共有される物語が途切れることなく更新されていく。現実がかようにも残酷だからこそ、残された者たちは、死者に対して厳粛な姿勢で臨まなければならない。これは人間として最低限の節度ではなかっただろうか。  節度を軽んじるようになると、人間は知的動物として確実に劣化を始める。昨今の政治家は、そうした節度を一

    • 「貯蓄から投資へ」は政治的スローガンであるということ

       皆の衆ご安心召されよ。日経平均株価が過去最大の-4451円(▼12.4%)となった5日から明けた本日は大幅反発間違いなしのようだ。とはいえ、終値まで勢いを持続する保証もない。「狼狽売りは禁物」とはいえ、今後の先行きは不透明である。個人投資家の皆様は非常にタフな自分との戦いを強いられるが、通にとってはそれが投資の醍醐味ともいえよう。年初来ノーポジションの私が申すのも甚だ失礼ながら、ご健闘を祈念する。  さて、今年1月からスタートした新NISAは、「貯蓄から投資へ」を掲げる政

      • Revenant Doll 最終話

        第3部13 「透明なる管理者」の行方   「『龍神のお告げ』……ですか……」    座光寺家の執事は首の後ろに手を当て、瞑目して頭をのけぞらせた。何か重要な事柄を思い出そうとするかのように。ベンチに並んで腰かけている私たちの目の前では、両親に付き添われた幼児たちが砂場遊びに興じていた。  中央分離帯に設けられたこの公園に、彼は座光寺信光とともに幾度か日光浴に訪れていたのだそうだ。   「それでその男は、実行犯にはどんな指示を出していたのですか」 「どうも、はっきり殺害を命じ

        • Revenant Doll 第30話

          第3部12 落城   目の前で校舎が燃えている。木造だけに派手な燃え方をするものだ。座光寺信光の最終形態である悪龍が噴射した火炎によって、悪霊たちの城塞はあっけなく炎上した。現在の旧校舎を占拠して抵抗する者たちは一人残らず排除しなければならない。  エドの従者たちも大いに面目を施した。旋風となって獲物に襲い掛かる「鎌鼬のメアリー」に、一瞬で切り刻まれた者は幸いと言える。つむじ風から逃れた先には、「魂食い虫」の大群が待ち構えているからだ。「貪食のハッサン」が奏でる滅びの羽音に

        悼むことの「痛み」について──党派性は「最強の免罪符」か?

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        • 我流リテラシー in note
          1本

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          Revenant Doll 第29話

          第3部11 桐谷新太郎の覚書/Revenant Doll  あれから半年が過ぎた。難事件の捜査ではいつもそうだが、暗中模索するしかなかった前後の関係が、解決した後になってみると嘘のように簡単明瞭に見える。ある目的地に通い慣れるうちに経路の感覚が体に定着して、目を塞がれてもたどり着けそうに感じられるのと似ている。もちろん捜査担当者の思い込みや一人合点である場合も含めての話だ。  今思えば、あの少年が最悪の道をたどることのないようもっと積極的にサポートすべきだった。彼の危うさ

          Revenant Doll 第29話

          Revenant Doll 第28話

          第3部10 殺戮  俺たち三人は「講堂」に舞い降りた。天井を通り抜け、濃密な闇に満たされているホールの真ん中に立つ。大変な盛況であった。霊の姿こそ見えないが、センサーが振り切れるかと思うほど、上下左右前後縦横、あらゆる角度から強烈な怨念のシャワーが降り注ぐ。特殊な嗜好を持つ上級霊能者なら恍惚となるところかもしれない。  俺は霊たちに呼び掛けた。   「どうです皆さん、平和的に話し合いをしませんか? こう見えても俺は、学校当局や行政を代表できるつもりです」    十七歳のガキ

          Revenant Doll 第28話

          Revenant Doll 第27話

          第3部9 鬼   ・・・・・・・・・・・・・・      よくない夢を見た朝、一つか二つのストーリーは脳裏に強く焼き付いているのだが、実は他にも幾つかの夢見があったはずだとぼんやり感じることがある。大概それらは後の時間帯に見た夢の印象に上書きされ、内容のおぼろげな輪郭も消え失せている。そんな時、うっすらと尾を引く後ろめたさの中、頭のどこかで「忘れてよかった」と安堵していたりする。  小早川学の人生が終わり、俺が座光寺信光として意識を取り戻した時、「雲の流れる空」「炎上する

          Revenant Doll 第27話

          Revenant Doll 第26話

          第3部8 吶喊    こういう日はみんな同じ服装で出席するはずだと、特に理由もなく思い込んでいた。でもこうして講堂に並んでいる卒業生の服装は、女子はセーラー服やブレザー、普段着とばらばらだ。男子はほとんど詰襟の制服だけど、中には普段着の子もいる。  ぼくは四月に入学する中学校の黒い学生服を着ている。襟のホックを掛けていると、顎のところが窮屈で仕方がない。お母さんは「そのうち慣れる」って言ってたから今は我慢しているけれど、進学したら毎日こんな窮屈な思いをして登校しなきゃならな

          Revenant Doll 第26話

          Revenant Doll 第25話

          第3部7 音楽室/悪龍 ・・・・・・・・・・・・・・   ピアノの音が聞こえる。  俺は床の上に横たわっていて、目の先には細かい穴が左右均等にびっしり並んだ天井があった。横臥したまま視線を横に転じると、教壇側の壁の上部に沿って肖像画が並んでいる。全員が白人の男だった。鬘を被っているとしか思えない髪型の者もいる。  ここは音楽室だ。肖像画の人々はクラシックの偉大な音楽家たちで、小学校低学年の時、彼らの一人が八方睨みの画法で描かれていたことから、室内のどこにいても追いかけて

          Revenant Doll 第25話

          Revenant Doll 第24話

          第3部6 理科室  鬼さんこちら 手の鳴る方へ    女児二人と男児一人がはやし立てながら、「理科室」の札が掛かった扉を通り抜けて室内に消えた。誘い込もうという意図が露骨過ぎる。    「若君様、ここは私が」とメアリー・ウッドフォードが申し出た。  行動を開始する前、彼女に「お幾つですか」といささか失礼な質問をしたところ、「二十四歳です」と答えた。ガナード家に女中として採用された時の年齢で止まっているのだろうが、それでも見た目より若い。そして儚げな外見とは裏腹に、遠慮のな

          Revenant Doll 第24話

          Revenant Doll 第23話

          第3部5 鏡    またこの夢か……。    白煙の中をさまよいながら、それが間違いなく夢であることを、意識の底でおぼろげに自覚していた。またこの夢……。この数カ月間、不定期に繰り返し見てきた。心身が疲れ切って眠りに入ると、白煙が上がり、鼻をつんと刺す匂いに包まれて「ああ、まただ」と思う。    振り返りたくないのに、抗いがたい力に動かされて振り返ってしまうのも、いつもと同じだ。すると、決まって森のひときわ高い梢に火柱の立ち上る様子が、薄れた煙を透かして一瞬垣間見える。そし

          Revenant Doll 第23話

          Revenant Doll 第22話

          第3部4 月光エコドライブ    ──若君様!    頭蓋骨を内側からハンマーで叩くような大音声に、「ひっ」と情けない悲鳴を上げてしまった。エドの声はいつになく切羽詰まっている。彼はまだ嬉野小校舎の屋上にいるのではなかったのか。    ──月光エコドライブが誤作動しているようです。ウロボロスをご確認ください。  ──月光エコドライブ……? 何ですかそれは?  ──スライドボタンが「満月」の位置になってはおりませんか?    大歓喜のさ中で律動する藤山はつ子に気取られぬよう、

          Revenant Doll 第22話

          Revenant Doll 第21話

          第3部3 御蚕様   「待ってください、話を聞いて!」    風で霧散したように見えても、煙の残り香はマーカーのように霊に纏いついてしばらくは消えない。俺はその後を追った。  藤山はつ子の悪霊は校庭上空を抜け、黒々と山の佇む方角へ飛んでゆく。高度三百メートルほどから見下ろすと、ヒカリヶ丘市一之瀬地区一帯は闇の中に沈んでいる。時刻は十一時少し前。このあたりは一応住宅地のはずで、まだ人々が就寝する時刻とも思えないが、なぜこうも人家の灯りがないのだろう。  そして、いつもは俺の

          Revenant Doll 第21話

          Revenant Doll 第20話

          第3部2 招霊の儀  命日だからといって、その日に死者の魂が戻って来なければならない理由はない。かつて自分がそこにいた家、職場、学校その他の懐かしい場所に戻って来たければ、それが一年のどの日であろうと構わないのは当然だ。祥月や七日七日の縛りも同じで、約束したかのようにそれらの命日に彼ら彼女らが戻ってくると考えるのは、もっぱら生者の都合に過ぎない。  愛しい者であれ、後ろめたい思いを抱いている者であれ、それらの人々が自分のもとを去って一年が過ぎるごとに、生者は「年」という単位

          Revenant Doll 第20話

          Revenant Doll 第19話

          第3部1 雑な干渉。そして吸血鬼の従者    桐谷警部補と話す俺の声が明らかにおかしい。  音程が異様に低く、不自然に間延びしている。再生速度を落とせばピッチが下がる現象に似ているが、かといってテンポが極端に遅いわけでもない。強いて言えば、しゃべり方が一本調子で、低く抑えられた音程が上がりも下がりもしない。    関内で桐谷警部補と会った時、会話をこっそりスマホで録音した。別れた後で再生してみて、財部がファミレスで俺に警告めいたことを告げた理由が納得できた。    津川俊

          Revenant Doll 第19話

          Revenant Doll 第18話

          第2部11 未読のままとなった桐谷刑事のメモ   (座光寺信光には二回に分けて資料を送ったのだが、以下のPDFファイルを添付した後続のLINEは未読になっていた。「心ここにあらず」で失念したのか、それとも何か別の理由があったのかは分からない。どちらにしても事件を解き明かす上で重要と考えられる部分であり、私なりの分析も交えている)    事件と直接の関係はないが、「鬼」がキーワードになっている民間伝承を紹介しておく。子供の「かくれんぼ」遊びにまつわる内容で、三つの類型が北関東

          Revenant Doll 第18話