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【おはなし】食べれるまで、がまん、がまん

 ひろきくんは、お父さん、お母さんと川沿いの坂を少し登った家に住んでいます。
自分の部屋の二階の窓からは、川の流れている様子と川沿いのお家の屋根が見えかくれしています。そして、そこからよく、川で鳥が飛んでいる姿が見えます。遠目に小さい雀だったり、ちょっと大きめの名前の知らない鳥が群れて飛んでいたりします。お父さん、お母さんと散歩で川の近くまで行けば、遊歩道からはカモの群れも見ることができます。

 ひろきくんは川の上流にある幼稚園に通っています。毎朝8時に起きて顔を洗って幼稚園の制服を着たら、お母さんが用意してくれた朝食を食べます。朝食はコーンフレークにミルクをかけて、あとはフルーツ。着替えを済ませると「ごはん、まあだあ?」と言って支度に忙しいお母さんをせかすのでした。

 そんないつもの朝、お母さんとひろきくんは、幼稚園に川沿いの遊歩道を手をつないで歩きます。するといつもの橋を超えたあたりの河原の茂みから2匹のせなかが青くおなかがオレンジ色の小鳥がぱたぱたと飛び立ち、そのうちの一羽は小さな虫をくわえて、その虫を落とさないように大事そうに飛び立つ姿に会いました。「ねえ、お母さん、見たことのない鳥だけど何ていうの?」
するとお母さんが教えてくれました。「あれはカワセミというみんなに人気の小鳥だよ、とてもきれいな鳥でしょう」ひろきくんは「ふーん、なんで虫を食べずにくわえていったんだろう。」と聞くと「2匹だからお父さんとお母さん鳥かもしれない、自分たちの子供の鳥のために餌を持ち帰るのかもしれないわね」と答えました。ひろきくんは、鳥もお父さん、お母さんは、子供にご飯の用意をするんだなあ、と思いました。

 またちょっと経って別の日、今日はお母さんが仕事があって、お父さんの当番でお父さんとひろきくんで川沿いの遊歩道を手をつないで歩きます。この前の橋を超えたあたりで今度はカワセミよりもう少し大きいお父さんの靴のサイズくらいの灰色の二羽の鳥が、飛び立ち、その一羽が今度は木の実をくわて飛び立つ姿を見ました。「お父さん、鳥見えた?」とひろきくん。お父さんは「いまのはひよどりだな、ひよどりは、ひーよ、ひーよって鳴くんだよ、だからひよどり」と教えてくれました。「木の実をくわえていたね」というと、お父さんは「お父さんとお母さんのつがいの鳥かもしれない、子供の鳥のために餌を持ち帰るだろう」とこの前のお母さんと同じようなことを言いました。ひろきくんは、どんな鳥でも同じなんだなあ、と思いました。

 さて、ひろきくん、相変わらず幼稚園に行く前は、朝起きて自分の支度が終わるとテーブルの席に座ってお母さんに「ごはん、まあだあ?」と言ってます。でも今日はお父さんもお母さんも仕事で用事があって、家を早く出て行ってしまって、相手は別の場所からお手伝いにやってきたおばあちゃんでした。おばあちゃんは慣れない身振りで「待たせて、ごめんね」と言いながらひろきくんのコーンフレークとフルーツの用意をするのでした。

 そしていつもの川の遊歩道の道を今日はおばあちゃんと手をつないで歩きます。今日もひろきくんが川の様子が目に入ってきました。すると今度はひろきくんの身長くらいの大きなくちばしを持ってをにょきっと割り箸のような長い足を持った鳥が川の流れを見つめてじっとたたずんでいるではありませんか。「おばあちゃん、あの鳥は、なあに?」聞くとおばあちゃんは目をぱちくり。「おやおやこんな大きな鳥が、この川にいるのかねぇ」そしてじっくり見て一言言いました「これは動物園にしかいない鳥のはずなんだよ、ひろちゃん、ハシビロコウといってアフリカのジャングルに住んでいるんだよ」「え?」とひろきくん。そういえば、おばあちゃんは動物園好きで何回か連れて行ったもらったことがあります。でもこの鳥は見なかったなあ。「動物園から逃げ出してきたのかなあ」ひろきくんが思ってハシビロコウの青い目を見つめた途端、急に周囲が静かになって、手を握っているおばあちゃんも動かなくなってしまいました。

 じっとしているハシビロコウから、語りかけてきたのです。
「わたしは、じっと待つ、持ち帰るさかなが川面に顔を出すまで。子どもがおなかを空かせているから何時間でもじっと待つ、取れるまで、がまん、がまん。食べれるまでがまん、がまん。」最初、1分くらいじっとしてました。ひろきくんも同じ姿勢のまま動けません。そして今度は3分くらい過ぎました。川面に魚が顔を出しませんから鳥も動かず、ひろきくんも動けません、ひろきくんはだんだん手がしびれてきました。そうして10分くらい過ぎました。ひろきくんは経っている足も疲れてきました。「君みたいな大きな鳥の食べるおさかなはこの川にはいないよ、もう他で探したら」といいましたが、ハシビロコウは黙ってじっとしています。そして20分くらいが過ぎようとしているところで、川面からは鯉ほどはある、おおきな魚が顔を出しました、するとそれまでじっとしていたハシビロコウは別の生き物のように素早い動作で大きなくちばしでガブリと噛み付くと、「取れた、取れた、子どものところまでがまん、がまん、食べれるまで、がまん、がまん」と大きな翼でバサバサと飛び去っていきました。

 すると、周囲の静けさが元に戻り、いつもの朝の騒がしさに戻っていました。手を握っているおばあちゃんを見上げるといつも通りです。ひろきくんは「鳥、飛んでっちゃったね」というと、おばあちゃんは「あれ、鳥がいたのかい?」となにごともなかったようです。なんか不思議なことがひろきくんにだけ起こったのだと思いました。周りも何もなかったようにいつもの幼稚園のとおりみちです。ひろきくんの耳にはがまん、がまん、という鳥の声が残っていました。

 次の日の朝、ひろきくんは、お母さんに朝8時に起こされ、着替え終わります。お腹が空いてテーブルの席に座ろうとすると、あの鳥のがまん、がまんの声が頭の中にひびいてきました。
ひろきくんは、座るのをやめて「お母さん、ぼくコーンフレーク作るよ」といって冷蔵庫からミルクを出し、テーブルの皿のコーンフレークを盛りつけました。お母さんはちょっと驚いて、「お手伝い、ありがとう」と言いました。
ひろきくんはうれしくなり「お母さん、いつもがまんしてくれててありがとう」というとお母さんは「なあに、それ」、と言って笑いました。
今日は、幼稚園に行くみちでお母さんと手をつなぎながら、ひろきくんは心の中でがまん、がまんとつぶやきながら歩きました。
(了)



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