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映画『PERFECT DAYS』:分断の世界を生きる

 役所広司が演じる平山はトイレ清掃の仕事をしている。毎日規則正しい生活をおくり、そこに幸せを見出している。無駄のない部屋に住み、無駄話しをせず、無駄遣いをしない。余計なものをそぎ落とした生活はとても美しい。
 彼の人々との関わり象徴するのが、田中泯が演じるホームレスと目線を合わせ軽くうなずき合うシーンだ。「相手の存在を認識している、そして、敵意を持っていない」それ以上でもそれ以下でもない、限りなく弱く、でも確かな人との繋がりがある。銭湯で合う老人や飲み屋の常連たちや写真屋の店主とも同じように関わっている。
 平山が仕事中にトイレにこもって泣いている子供を見つけるシーンがある。手を取って連れ出して来たところを見た母親は、さっそく子供の手を除菌テッシュで拭い、汚いものを見るように平山に目をやり礼も言わずに立ち去るのだ。でも平山は母親と一緒になれた子供を見送り、安堵の微笑みを浮かべる。平山は人が自分をどう思おうが構わない。
 ここまで見て「あー素敵な生活だな」と素直に思った。そして、これは多分、「トランプ的・イーロン・マスク的な世界」からの撤退を宣言する映画なんだなとも思った。競争に勝ち、人からの評価を受けて経済的な成功を収めるという理想に嫌気がさし、そんな世界から撤退することを目指しているのでは?と思ったのだ。或いはそのような世界への挑戦ということかもしれない。
 姪のニコが家出して平山を訪ねてくる。彼女は自分の母(平山の妹)が「平山とは住む世界が違う」と言っていたと伝える。そこで平山は「この世界にはたくさん世界があり繋がっているようで繋がっていない世界がある」という話しをする。平山の世界と自分の妹やトイレで助けた子供の母親は繋がっていない世界なのだ。私は、そうだ!金の亡者の世界なんかからは撤退だ!平山の美しいシンプルライフ万歳!と心の中で叫んでいたのだが、、、どうもそんな底の浅い話しではない。
 ニコの母親が運転手付きの高級車で迎えにくる。平山は母親のもとに帰りたくないニコを優しく説得する。麻生祐未が演じる母親は「兄さんは本当にトイレ掃除の仕事してるの?」と聞く。平山は終始笑顔で「そうだよ」と答える。娘と上手く関係を作れない母親は困惑し疲れ果てているように見える。しかし、それを口にすることはない。別れ際に平山は妹を優しく抱きしめる。妹は涙を浮かべるが、それでも、何も言うことなく車に乗り込む。
 そう、「トランプ的・イーロン・マスク的な世界」に住む妹はその世界にしか住めないのだ。その世界にしか住めないから住んでいる。それは平山がその世界にしか住めないのと、丁度、鏡写しになっている。強者と弱者に分けたとき、金持ちは強者、貧乏人は弱者という単純な構図ではない。人はそれぞれ住めるところに住んで生活していくしかない。ということだ。
 そんな繋がっていない世界の住人に対してできること。それは、相手を罵ったり説得するのではなく、優しく抱きしめることではないか?同じ世界に住むホームレスとうなずき合うように、「相手の存在を認識している、そして、敵意を持っていない」と伝えることではないか?
 平山の住むボロアパートから見えるスカイツリー。仕事に出かける車からもスカイツリーを見上げている。平山はきっとスカイツリーに上ったことは無いだろう。それは平山の住む世界とは隔絶した別の世界を象徴している。でも、平山はいつも優しい目でスカイツリーを見上げているのだ。 


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