どこまでも続く建物
「最後にもうひとつだけ聞いてもいいですか?」
オラクルカードを片づけようとした私に、その人は言った。
数年前の皆既月食の夜に共通の友人を介して知り合ったその人は、海外の音楽シーンでも活躍しているミステリアスな美人だ。
外出自粛の今、オンラインでタロットセッションができることは本当にありがたい。今日もそういうわけでアプリを通して占っていた。
「すごく変な、気になる夢を見たんですよね。その夢の意味を知りたくて」
カードというのは本当に便利で、私にはわからないことでも、カードを見て多次元にアクセスすれば大抵のことは「意味」を知ることができる。
なぜそれが起きたのか、なぜそれが現れたのか、どんな意味を含んでいるのか。
私は彼女の夢の話に耳を傾けながらシャッフルを始めた。
「なんか...どこかの建物の中にいるんですけど、すごく変わった建物で、いろんな部屋があるんですよ。
ゲストハウスがあったり、部活の合宿やってるような部屋もあって、また進んで別の部屋に入ってみたら、その部屋にはたくさんの仏像があって...」
思わずカードをシャッフルする手を止めた。
全身に鳥肌が立った。
そこは、私も夢の中で行ったことがある場所なのだ。それも、何度も。
私がそこに行った時も、何だか山小屋のような雑然とした小部屋に、合宿みたいにジャージ姿で寝泊まりしている若い子たちがいた。
布団を敷き詰めて、みんなそれぞれ過ごしていた。
その建物は本当に複雑で、いくつもの部屋があり、いくつもの曲がり角があり、中二階のような部屋や、食堂もあった。
廊下を歩いている途中で、ふと左側を見ると和風の入り口があった。
その奥の部屋はほんの少し上に上がっていて、四段ほどの木でできた階段を上って入ると、和室にたくさんの仏像があった。
「それで...仏像がたくさん置いてある部屋に入ったんですけど、誰もいなくて。ちょっと薄暗いんだけど、なんか不思議なところだったんですよね。あまりにも印象に残ったので、あの夢は何だったのか、聞いてみようと思ったんです」
彼女は言う。
私がそこに訪れた時、その部屋では法事が行われていた。
彼女が行った時は、誰にも使われてない日だったのだろう。
彼女に、私もそこには何度か行ったことがあることを伝え、全身に鳥肌が立っていることも伝えた。
その建物が何なのか、答えはカードに聞かなくても知っている。
四度目くらいにその場所へ行った時、私は一番先まで行ってみることにしたのだ。
その建物はどこまでも続いていて、まるで車両ごとに世界が違う電車のようだ。
そういえば、その建物で実家の家族と軽食を食べたこともあった。
そこでは私も姉も子供に戻っていて、父と母も若かった気がする。
軽食を食べたのはイートインスペースのような小さな場所で、簡素なテーブルと椅子のセットがふたつ置かれているだけ。私たち以外には誰もいなかった。
食べ物はその部屋の自動販売機で買って食べたのだが、その食べ物も空間も明らかに日本のものではなく、スウェーデンっぽいデザインだと思った。
その時、自動ドアが開いてアヒルが入ってきたのがなんとも夢の世界らしいなと思う。
どこまでも先へ進む私は、その建物の本当の広さを体感していた。
これは、この広さは、おそらくひとつの街くらいはある。
何kmにも渡る広さなのだ。
高速のサービスエリアのようなところも通過した。
そこはラーメンや中華料理などが手頃な値段で食べられるようで、昼食時のように賑わっていた。
かと思うとヨーロッパ鉄道の車両の中みたいなエリアもあって、白髪混じりの白人男性が忙しそうに給仕していた。
とにかく私は進めるだけ進んだ。
これはもしかしたら、終わりなんてないのかもしれない。
そう諦めかけた時、ついに私は先頭まで辿り着いたのである。
これまでずっと歩きながら、私はひとつの確信があった。
「これはすべて乗り物の中だ」という確信だ。
それが間違っていなかったことを、先頭のエリアは証明してくれた。
先頭の小さな部屋はとても薄暗かったけど、すぐに操縦席だとわかった。
入り口にかかっていた暗幕を開けて中へ通してくれたのはとても知性が高そうな男性で、白い服が似合っている。
とても上品で丁寧な仕草で「ここではお静かに」と私に伝えてくれた。
操縦席の計器の明かりだけの薄暗い空間で、白い布を纏った女性が静かな動きで踊っている。
目を閉じたまま少しだけ体を揺らして踊り、お祈りしているようにも見えた。
先程の男性が、
「あの女性は今この母船を操縦しているところだ」
と言った。
「想念で動かしているんだよ」
女性はこちらに振り返ることもなく、踊るように祈っていた。
目が覚めてから、その女性に近い画像や絵がないものか検索してみると意外とすぐに見つかった。
白い服に、黒い髪、あの佇まい。
日本画で描かれたその絵には「卑弥呼」と書かれていたのである。
さらに、夢の相談をしてきた彼女が実はその卑弥呼の絵を仕事のページに使っていたことが発覚するのは、また数日後のお話。
この絵は、ものすごい昔に友人を描いたもの。なんとなくイメージに合ったのでチョイスしてみました。
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