After Birthday

夜22:30、残業を終えた僕は深いため息をついてパソコンを閉じた。
誰もいなくなったオフィスにポツンと1人でいると妙に心がザワザワする。
せっかくの彼女の誕生日に僕はケーキのひとつも用意してやれないなんて、と不甲斐なく思う気持ちを慣れないブラックコーヒーで流し込むと帰路についた。

「ただいまー…」
小声で鍵を静かに開けて家に入るとリビングのテーブルで眠る彼女が目に入った。
時計の針はもうすでに一周して日付を超えていた、夜の電車は減便していたからいつもよりも遅くなってしまった。
そうして誕生日を祝うことなく1日が過ぎてしまった。
「んん、おかえり…お疲れ様」
ムクっと起きて伸びをした彼女は僕に微笑みかける、申し訳ないという言葉を顔に貼り付けて僕はただただ立ちすくむのみで、絞り出した誕生日おめでとうございましたの言葉に彼女は笑ってありがとうと応えてくれた。
「ごめん…お祝いもできなくて…」
「いいのいいの、それより疲れてるでしょ?早くお風呂入ってきちゃいな」
ほらほらとバスタオルを渡され背中を押され脱衣所にとぼとぼと向かうと彼女はせめてと言いながらお味噌汁を温め始めた。
湯船に浸かると滞留していた血液が急に流れ出す感覚を覚えて頭がジンジンと少し傷んだ。

目覚めると時計は9時をまわっていて、すでに彼女は仕事に出かけた後だった。
テーブルには朝ごはんというメモと一緒にラップで包んだ料理が並べられていた。
ますます申し訳なさが募った僕はとりあえず腹に飯を入れて、買い物に出かけた。
今夜は僕が作るよと、メッセージを送ると彼女の好物を頭に浮かべながらまずはスーパーに向かった。
帰りに焼き鳥とケーキを買って帰ろう、食べ合わせはこの際気にしないことにした。
100円ショップに寄ってらしくないがそれっぽい装飾もいくつか買って、僕は少しだけ早歩きで家路についた。

「ただいまー」
「おかえり」
「ブッ、何その格好」
そりゃあドアを開けたら三角帽子に陽気なサングラスをかけた僕が立っていたらさぞかし面白いだろう、彼女はしばらく玄関で笑い続けた。
リビングはまるで子供の誕生日を祝うかのように飾り付けをしておいた、さながらホームパーティーだ。
「どうしたの急に、すごいじゃん」
「昨日お祝いできなかったでしょ?だから、あれだよ、後夜祭的な?」
「何それ、嬉しいけど面白い」
そう言って彼女はお祝いの席にある焼き鳥を指差してまた笑った、七面鳥の代わりと言うとまた笑った。
どうであれ、笑ってくれたなら嬉しい。
自分の申し訳なさと不甲斐なさを彼女が笑い飛ばしてくれているような気がして、僕も一緒に笑って、2人で焼き鳥を頬張った。

彼女がお風呂に入っている間に食器を洗っていると上がってきた彼女が後ろから抱きついてきたので僕は変な声を上げてしまってまた笑われた。
「ありがとう、私24になりました」
「来年はちゃんとその日に祝えるように頑張るね」
「子供じゃないんだから、そんなに気にしてないよ」
「でもさ、1日しかないじゃん?だからさ…」
言い終える前に彼女がぎゅっと強く抱きしめるものだから、僕は言葉を飲み込んで振り返ってそれに応えた。
「ほら、ケーキ食べよ?」
彼女に手を引かれながらリビングへ向かう、改めて見ると飾り付けすらも不恰好だ。
それでも良いと、笑顔の彼女が言ってくれているような、そんな気がした。

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