One year later...

「おまたせ、待った?」
「ううん、全然、今来たところ」
必ず待ち合わせには早く来る彼女は、きっと読み進めていただろう小説を閉じてベンチから立ち上がった。
僕たちは付き合って1年経つ。
今日はその記念日だ。

近くの商店街に美味しい団子屋がある、必ずデートの時には寄って、みたらし団子を買ってから1日が始まる。
食べ歩きは少し行儀が悪い気もするが、美味しいものを食べながら歩くといつもの景色が少し違って見える。
それは何も食べ物のせいだけではないのだけど、照れ臭くて言葉にはしない。

「今日はどこ行こうか」
「私はゾウが見たいな」
「じゃああそこかな」
いつも行く小さな動物園へ足を運ぶ。
これもまた定番というか、僕たちの鉄板の場所で、彼女はゾウの前で多くの時間を費やす。
今日はたまたま餌付けの時間に来ることができた、器用に鼻を使ってリンゴやバナナを食べるゾウをかわいいと言って、気が済むまで眺めていた。
ふれあい動物園というコーナーで、モルモットと戯れて、お土産に人形焼を買ってその場を後にした。

「お腹空いた」
「もう2時だもんね、何食べたい?」
「オムライスかなぁ」
「じゃあ、あそこだね」
そうしていつも入る喫茶店に入る。
ランチの時間は終わってしまっていたが、常連のよしみで大目に見てもらった。
彼女はオムライス、僕はハンバーグ、気分はナポリタンだったけど彼女はハンバーグも好きだから、そして十中八九一口ちょうだいとねだられるからだ。
決して洒落たオムライスではない、卵はかた焼きで、卓上のハインツのケチャップをかけて食べる。
文字を書くとかそういった事もしない、結局腹に入れば同じだというのが持論らしい。

「……」
「…食べる?」
「よく分かったね?」
「それだけ見られたらねぇ」
僕は黙ってハンバーグを切り分けて彼女の皿に乗せる。
声は出してないが耳まで真っ赤にして頬張ると彼女は静かに唸った。
可愛いと言うと見えないけど頭皮まで真っ赤にして、細い腕をめいいっぱい伸ばして、手を小さなグーにしてテーブル越しに肩を小突かれた。
よく分からない、ジャズだろうか、録音なのに心なしかテンポが早くなった気がした。

少し散歩をして、スーパーに向かう。
「今日はなんでも好きなもの作ってあげる」
「じゃあ生姜焼きかな?」
「本当好きだね、生姜焼き」
ハハハと笑いながら彼女は豚バラ肉を手に取った。
だいたい僕も好きなものは決まっていて、だいたいいつも生姜焼きをねだる。
今日は飲んじゃおうかなぁと発泡酒を手に取る、2人とも下戸に近いのでロング缶が一本でもあれば丁度いい。

陽が沈む少し前に家に着くと2人で手を洗い、台所に立つ。
とんかつ屋でアルバイトをしている僕は料理は決してうまくはないがキャベツを刻むことだけには自信があるので、せめてものお手伝いをする。
生姜をたくさん入れるのがいいんだと買って来た生姜をザリザリとする音とキャベツを刻むまな板を叩く音がいつもよりも耳心地が良く、気付いたら一玉刻んでしまい、また彼女にハハハと笑われてしまった。

「茶色だね」
「キャベツは緑だよ」
「ハハハ、たしかに」
生姜焼き、味噌汁、キャベツ、ご飯、たしかに茶色が過多な食卓になってしまって、2人でハハハとまた笑った。

食べ終わる頃に僕はカバンから小袋を取り出した。
「これ、さっき動物園で買ったんだ」
揃いのキーホルダーを出すと、彼女は驚いた顔でカバンを取りに行くと同じような小袋を取り出した。
「私もおんなじの買ってた」
じゃあお互いに2つ付けようかと、またハハハと笑った。

記念日なんて言うと大袈裟だし特別な何かをしたわけではないけど、良い1日だったねとテレビを見ながら話した。
肩にもたれ掛かる彼女を見ながら、こう言う普通の日が続くことが僕は特別だと思うよと口にしようとして、さすがにちょっとキザだなと思って、黙って肩を抱き寄せて僕も彼女の頭にもたれ掛かった。

また来年記念日が来る、多分、きっと。
それまでまたこんな普通が続くといいなと、切に願った。
今はまだ寒いけど春になったらさくらを見に行こう。
彼女が大好きな団子を買って、いつもをいくつも重ねていこう。
彼女から伝わるほのかな暖かさに途方もない幸せを感じた。

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