Have a cold
僕は今スーパーにいる。
カゴいっぱいの野菜とちょっとお肉と、お出汁を買って少し早足で道を急ぐ。
立冬を越えて日差しが暖かいが吹き荒ぶ風は冬の色を濃く残している。
チャイムを鳴らすと熱さまシートをおでこに貼っていた。
どてらを羽織った彼女はまだ少し熱が残っているようで、頬が少し赤い。
風邪が長引いているようでクリスマスはお互いに静かに過ごした。
しょんぼりしていた、でも何より彼女が元気な方が僕にとっては嬉しいし、無理はして欲しくなかった。
「調子は?」
「うん、だいぶマシかな…でも食欲が湧かなくて…」
ゴミ箱にふと目をやるとゼリー飲料が多く目に入る。
どうやらしばらくまともな食事には辿り着けていないようだ。
「ご飯まともに食べてないでしょ」
「だって食欲ないんだもん…」
「こう言うのは無理してでも食べるもんだよ、治るものも治らないよ」
寝そべった彼女が怒らないでーと言うから怒ってないよとほっぺにさっきまで外にいてひんやりした手を頬に当てた。
つべたいと、気持ちよさそうに笑った。
急に照れ臭くなって僕は踵を返してスーパーの袋の結び目をほどき始めた。
「台所借りるね」
洗い物もなく、どうやら本当に固形物は食べていない雰囲気だ。
冷蔵庫もすっからかんだ、残り少ないポカリスウェットのペットボトルが目についた。
早速買ってきた具材を切り始める、できるだけ細かく、噛まなくてもいいぐらいに。
少しでも栄養のあるものを、料理が好きなことに感謝をしたし、小さな頃から台所に立たせてくれた母に頭が上がらない。
簡単なものだが、美味しそうな匂いが漂うと体は正直なようで彼女の腹の音が聴こえた。
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに笑った。
この笑顔が好きで、声を掛けて、今こうして看病にやって来れるぐらいの関係性になった。
もう一歩は、まだ踏み出せずにいる。
雑念を抱いていたら案の定である、手を切ってしまった。
そういうところなのだ…僕の詰めの甘さは。
少し煮込んで、白菜がクタクタになったら食べごろ。
早速小さな土鍋をベットのそばの机まで持っていくと、待ちきれなかったのか彼女は寝床から起き上がっていた。
小皿によそってあげると、いただきますと彼女は湯気がもうもうと立っていて熱そうなのに急ぐように口にした。
「…あっちぃぃ!!」
ハフハフとしても意味がないぐらい熱そうで、むせこむ彼女の背中をさするとゴクンと飲み込んで、満遍の笑みを浮かべた。
おいしい、おいしいと冷ますことを忘れてまたかき込んでまた咳き込む。
そんなに急がなくても良いんだよと言っても、熱いうちに食べるのが良いと言って聞かないもんだから、代わりに買ってきたお茶をコップに注いであげる。
先程のルーティーンを繰り返しながら、カラッと食べきって少し汗をかいたおでこを見せながら、また彼女は笑った。
長居するわけにも行かないのでささっと洗い物をして帰ることにした。
「お陰で明日には元気になりそう…!」
「無理しないでよ、ゆっくりで良いから。
なんなら明日また作りに行くよ。」
「ダメだよ…うつしちゃう。」
「移してくれたら、元気になるならそれでもいいいよ俺は。」
そう言うと、ふふっと笑って彼女はずいっと僕に近づいて、ほっぺに暖かくなった手を当てた。
「ダーメ、私が落ち込む、でもありがとう」
そうして少し背伸びをして頭を撫でる彼女に、また気恥ずかしくなって靴を履くフリをした。
扉を開けると先程の暖房の効いた部屋とはうって変わってまたつんざくように冷たい風が頬を刺す。
ポケットに手を突っ込んで、階段を降り始めるとおーいと呼び止められる。
分かってるぞ、私は待ってるからな。
ドキッとして何も返せず早足で最寄りの駅まで向かった。
少し行ってから振り向くとまだ踊り場に立って、僕のことを見つめる彼女がいた。
急に、その光景に、堪らなくなった。
暮れゆく師走の終わり頃に、答えを見つけたように僕は冷たい風の中を走った。
高鳴るこの胸はもうだいぶ前から答えを知っていたようだった。
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