ショートショート④〜風邪をひいたある日〜

37.8度、頭が痛い。
鼻水が止まらない、完璧に風邪だ、風邪をひいた。

暑かった日が遠い過去のように最近は肌寒い、もともと季節の変わり目に体調を崩しやすかったけど絶賛大不調だ。
何もする気が起きずとりあえず市販の風邪薬を飲んでポカリを飲んで、とにかく寝る。
汗をかけるように厚着をする、朝起きて食って寝て、昼起きて食って寝て、そんな生活だから夜になると目が冴えてくる。
お粥も食べ飽きたななんて思っていた頃だった、チャイムが鳴る。
「生きとるか〜」なんて陽気な声でやってきたのは彼女だ。
関西生まれで東京に来てまだ間も無く、関西弁はまだ抜けないらしい。
移っちゃうよと言っても聞きやしない、ちょっと強引なところがある。
「今から鍋作ったる、体温めて早よ治さんと」と言って、スーパーの袋に入った4分の1の白菜と大量のネギを揺らす。

今まで自分の音しかなかった家にトントンと子気味のいい音が鳴り響く、台所に立つ彼女はたまにこちらに話しかけながら楽しそうに鍋の準備をしている。
少しずつ良い匂いがしてくる、鼻詰まりは治ってきているようだった。

「できたで〜、たんとお上がり〜」とエプロン姿の彼女が熱そうにしながらこっちに1人用の土鍋持ってきた。
白菜と大量のネギ、しっかり煮込んである特製鍋は散々食べたお粥のせいもあってか、とんでもなく美味しそうに見えた。
風邪の時は味覚が鈍る、鍋は少しだけ濃い味にしてくれているみたいで舌がバカになっていたけどちゃんとお出汁と塩の味がした。
久しぶりの違う味に体は正直だった、あっというまに鍋を平らげていく僕を彼女は楽しそうに見つめていた。

〆まで食べるのが鍋だと言うのが彼女のモットーらしく、雑炊も作ってくれた。
さらさらと体に入っていく、食べれば食べるほどお腹が空き、食べれば食べるほど体の芯が熱くなる。
ごちそうさまと言うと彼女は満足げに微笑みながら「そんなにうまかったん?また作ったるな」とこれまた楽しそうに言った。

「ほなもう帰るな、あったかくしてよく眠るんやで」
後片付けまで綺麗にやっていった彼女は颯爽と帰っていった。
玄関まで見送ると靴を履いたところで振り返って「このお礼は今度期待してるで」と言い、おでこにささやかな口付けをしていった。
しばらくおでこの一点が不思議と熱を持っていたのは、多分汗だくで食べた鍋のおかげで熱が収まってきたのだとそう言い聞かすことにした。

翌日、あれだけ長引いた熱は嘘のように引いた。
僕の彼女は魔法使いなのかもしれない、そう思った時なんだか不思議と笑えてきた。
そういえば隠し味は愛情だと言ってたっけ、やっぱり多分僕の彼女は魔法使いなんだ。

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