その後の2人
※この話に出てくる2人のその後です。
金曜日、夜七時。
世界を掻き乱したウイルスはとりあえずなんとなく、少しずつ静かになって来た昨今、夜の街にも人の活気が戻って来た気がする。
一般的な社会人なら土日は休みで、金曜日は多少ハメを外したってなんとかなる、そんな日だと思う。
駅で待ち合わせをして、いつもの店に向かう。
もう店主とも顔見知りだ。
個人営業のこじんまりとした呑み屋で珍しい日本酒も結構置いてある、何より焼き鳥がうまいというのが彼女の胃袋を掴んだようだ。
もうなんだかんだ毎週グラスを酌み交わしている。
「へい、らっしゃい!」
「こんばんは〜、いつものところで!」
僕らの特等席、とまでは言わないのだが決まってカウンターの端っこが僕らの定位置になっている。
いつものようにお酒とつまみを頼み、まずは乾杯だ。
今日のお通しは切り干し大根、コレがまた絶妙にうまいのだ。
「かんぱ〜い、今週もお疲れ様〜!」
陽気な彼女の笑顔に釣られて自然と頬が緩む、小さなグラスに注いだ黄金色のビールがスイスイと体に吸い込まれていく。
ジョッキで飲むのも良いのだが、僕はどっちかというと瓶で頼んで注いで飲むのが好きだ。
本日の初陣は枝豆のマリネ、エイヒレ、鰹のたたき。
後にはまぁうまいつくね串が控えている。
彼女はまぁ、美味しそうに食べる。
ここには一人でよく飲みに来ていたけど、まさかこうして二人揃って常連になるとは思いもしなかった。
店主にも気に入られて、おしどり夫婦だねぇなんて言われることも最近は多い。
照れ臭いのを隠すように僕は大体彼女よりも少し酔っ払ってしまうのは不甲斐ないとは思っている。
そこそこに食べ進めているとお待ちかねのつくねがやってきた、彼女の大好物だ。
添えられた卵黄を崩して付けて頬張ればそこは桃源郷、と彼女はよく言っている。
毎度変わらず美味しそうに食べるから僕もコレが一番好きなメニューになった、一人で来る時もよく頼む。
ほどほどに飲み進めて、店を出た。
二次会だ〜なんて頬を赤く染めながら腕を高々と突き上げた彼女はすっかり出来上がっている。
拳の先には綺麗な月が浮かんでいた、今夜は空気が澄んでいて月が良く見える。
僕らの横をコンビニの袋を二人で持ったカップルが横切った。
なんだか絵になるなぁと目で追っていると、不意に腕を組まれてたじろいだ。
「ねぇ、今見惚れてた、綺麗な人に見惚れてたぁ」
お酒が入っているがゆえ、少し頬を膨らませてわざとらしく怒りの感情を浮かべる彼女は可愛らしい。
見惚れてないよ、というと嘘だぁぁと大声で叫ぶから、さっきすれ違ったカップルが振り向いて来たじゃないか。
ふふふと少し笑われて、彼氏さんだろうか、軽く会釈された。
なんの会釈なんだそれは、疑問を脳で追うよりも前にまずはお酒の回った彼女を諭すことにした。
ふにゃふにゃ言いながら家路に着く。
まだ蝉が鳴くには早すぎるが、彼女に叩き起こされることはもうない。
だって帰り道が全部今は一緒だからだ。
男友達から昇格した僕の勇気を誰か褒めて欲しい。
家に着いてベッドに彼女を横たえると、僕はベランダに出た。
緑色のパッケージからタバコを一本、吐き出した煙が月を包み込むと光が優しく差し込んできた。
寝息を立てる彼女の寝顔を見ながら僕はもう一本取り出して火をつけた。
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