またどこかで。

ここは横浜はみなとみらいにあるとあるバー、元々スナックだった店を居抜きで営業し始めて約2年ほどになるだろうか、ありがたいことに常連もできてお客さんにも恵まれて日々忙しくしている。

だが、こんな日もあるだろう、今日はすっかりで閑古鳥が鳴いている。
グラスを一通り磨き終わり、新しいカクテルの試作まで始めてしまった。
早仕舞いかな、と思っていた矢先入り口の扉のベルがなった。
瞳の大きい綺麗なピンクがよく似合う女性が1人で入ってきた、こんばんはとお辞儀をしてカウンターに着いた彼女は何故か辺りをキョロキョロと見回していて、少し不思議に思った。

「ご注文はいかがされますか?」
「そうですね…実はこういうところ初めてで、オススメってあります?」
「では、好きな色はなんですか?」
「ピンクです、見たまんまですかね?」
そういうと彼女は笑いながら少しおどけてみせた。

「どうぞ、甘めで飲みやすいかと」
「すごいピンク色!かわいい!」
そういうと一口、フワッと優しい桜の香りがこちらまで香ってくる。
「美味しい、なんて言うカクテルなんですか?」
「小野小町、珍しい名前でしょう?」
「ほんとに、珍しい名前」と言いながら一口、また一口と飲み進めていく。
お酒にはあまり強くないらしく、頬が桜色に染まっている。

「今日は何故バーに?お住まいこの辺りなんですか?」
「いえ、実はここにあったスナックで昔働いていたんですバイトで」
「じゃあはじめにキョロキョロしてたのは懐かしいお店を見回していたってことですね、てっきり緊張されていたのかと」
「ちょっとからかわないでくださいよ〜」とわざとらしく頬を膨らまして顔をしかめる、思わず笑ってしまうとつられたように彼女も笑った。
「ママはお酒を作れないし、いつも私が作ってたんですよ、ママお手製カクテルも私が毎度作ってたんです」
「看板に偽りあり、ですね」
「ほんとに、最後まで作り方も覚えてなかったんですから!でも楽しかったな、色んな人たちが来て、お客さん同士で結婚したり色々あったな…アイドルの子たちもここに来てたりしてたんですよ」
「私でも知ってますかね?」
名前を聞くと確かに、今や日本を代表するアイドルなのは間違いなかった。
にしてもアイドルとスナック、奇妙だけど面白いなと思った。

「マスター、もう一杯だけ飲もうかな」
「またおまかせにされますか?」
「うん、私お酒よく分からないから」
「そうしたら、少し身の上話を聞かせてもらえますか?」
そう言うと彼女は自分の夢を叶えるために今いる場所を離れることにした、というを話してくれた。
夢の話をする彼女の瞳はより一層輝いて見えて、私には眩しすぎるぐらいキラキラしていた。
「まだ具体的には何も決まってないんですけど、夢だけは大きく持ってるって感じなんですけど、でも飛び込んでみないと分からないこともあるじゃないですか?」
「たしかに、それに何も決まってないなら、たくさん行ける道があるってことじゃないですか」
「マスター、見た目によらずポジティブだね」
酷いなぁとわざとらしく頬を掻くとごめんねとまたおどけてみせた。

「どうぞ、ノンアルコールなのでご安心を」
「ありがとう、綺麗な空色」
「ちょっと創作してみました、お口に合えば幸いです」
ブルーハワイのシロップをベースにライムを絞った爽やかな味はきっと酔いを少し覚ましてくれるだろう。
「美味しい、なんて言う名前?」
「そうですねぇ…今作ったばっかりなので…」
少し迷って彼女のこれからの新しい夢への道すがらを思ってBon voyageと名付けた。
「マスターからの餞別だね、初対面だけど」
「たしかに、そういえばはじめましてでしたね」
「でもなんだか良い気持ち、酔っ払ったかな?」
「お酒には弱そうなので御用心を」
「またからかう〜」
今度は頬を膨らますことはなく、ハハハと笑いながらこちらを小突くフリをした。
不思議な縁のおかげで良い夜を過ごした、そういえば名前も聞かなかったな。
でも、またどこかで会えそうな気がする。
根拠はない、でも何故かそんな気持ちだった。

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