九十九物語 【鏡の国の有栖川】#6
激しいデジャブが起こっていた。
これは紛れもない私がいつも夢で見ている光景だ。そして、謎の少女が教卓に両肘を付けてあの不敵な笑みを浮かべて、私のことを上目使いで見ている。
私は彼女に対して言い知れぬ恐怖感を覚えた。
「フフフ」
彼女が現れた瞬間、足から体にかけて傷口が開き赤い血が噴出し、体中がちまみれ状態だった。
「嘘―――! 」
傷口が開く理由が分からないが彼女のせいで痣や傷がつくことことは明白だった。
「あなた…何者なの? 」
私は、痛みを抑えながら質問したが彼女は何も答えることはなかった。
すると、どこからとも無く女の声が響いた。
「殺せ…」
「え? だれ? 」
「早く…そいつをそこにある拳銃で殺せ! 」
私は拳銃を探していると教卓に何か入っていることに気が付いた。
「これ… 」
私は、それを持った瞬間、彼女は、醜い姿の化け物へと変化を遂げ始めた。私が毎晩みているあの悪夢と酷似している。
「ヒッ!」
「早く、ジャバーウォックを殺せ!」
私は、相手の顔を見定めて、ゆっくりと弾丸を銃倉に装填した。そして、標準を見定めると、相手の顔をめがけて引き金をひいた。
「パァー――ン!!」
乾いた銃声が校内に響き渡った。
撃たれた謎の少女は、目をカッと見開いたまま仰向けに倒れると、彼女の目から涙が一滴こぼれていた。
「……」
私は、少し呆然としていた。
彼女を撃ってから、あれだけあった痣や傷口なんかもすべてがなくなってしまった。すると、撃たれた彼女は姿を変えて植物に覆われてしまった。そして、その植物は教室全体をすぐに覆ってしまった。
私は、すぐさまに出口に向かおうとしたがどこからかまた声が聞こえてきていた。
「アリ…ス…」
「誰? 誰なの?」
聞き覚えのあるとゆうよりかは懐かしくも感じてしまう誰かが私の名前を呼んでいた。
「アリス…」
私は、声のしたほうをむくと、教室の中心に植物に覆われている箱があることに気づいた。
「これって…神楽が言っていた大きい葛籠?」
私は、彼女から出てきた葛籠に不気味に思えてしまい無視しようとして、その場から去ろうとした。
「マッテ…イカ…ナイ…デ…」
悲しげな声で葛籠は悲痛な思いでそう叫んでいた。
「モッテ…、イッテ…」
「嘘でしょ…」
私は、迷った挙句、その葛籠にまとわり付いている植物を取り除いていった。植物は、ひどく絡まっており、素手で取り除くのは苦労したが、次第にその姿を現した。
赤く紅葉の家紋がついた綺麗な葛籠だった。箱を開けようと試みたが、開くことは無かった。
「セオッテ…」
葛籠はそういい、指示と通りそれを背負った。
「アリガ…トウ…」
葛籠は、そう礼をいった。
「どういたしまして…」
なにか夢でも見ている気分の世界だ。
私は、葛籠を背負い教室から脱出するため、引き戸の植物を手で取り除いて外へと出た。
ドアをでると、あたり一面暗闇の世界が広がっていた。あたりは霧がたちこみはじめ、そして、カーブの多い坂に出くわした。
「ノボッテ…ノボッテ…」
まるで、幼子を背負っているみたいに箱がまたしゃべりだした。帰り道も知らない私は、この葛籠に従うしかできないみたいだ。
「はいはい…」
私は、重い葛籠を背負いながら、一歩ずつ坂を登っていくと、
そして、カーブには『い』と言う文字があった。
「い…?」
もう二度目のカーブを曲がると「ろ」がああた。
「い…ろ…。いろ―――」
私は、もっと前へすすむと、今度は『は』と言う文字に出くわした。
「い…ろ…は…。いろは―――」
私がそう口にすると、今まで誰かがまとわりつくような体の重さが消えてなくなっていた。
「なに? 体が急に…軽くなった…」
すると、後ろから誰かが来るような気配を感じていた。何かをひきずって歩くような音がしていた。
「はっ! 」
私は、思わず振り返った。
はるか遠くの坂のしたに何かがこちらに向かっているのがみえた。首が長く、外見がモップのように醜く、体はぼろぼろとした気持ちの悪い怪物がいた。そして、微かにだが、声も聞こえていた。
「マッテェ…、イカセナイ」
「あれが…ジャバーウォック? 」
そんなおどろおどろしく声で私を呼び止めようとしていた。
風貌は先程の彼女とは全くのべつで目が白目を向いて、しわしわの手でこちらにおびき寄せるようにこまねいていた。
まるで、魔物そのものでしかなかった。
あいつに捕まったら間違いなくヤバいということだけ理解できた。
「こっちにくる…!」
すぐさまに逃げる様にして、走り出した。走って奥へとむかうと、四角い額縁の鏡にあたった。そして、その鏡には人が立っているのだ。
「私…! 」
そう、目の前に私が立っているのだった。
もう一人の自分が、目がうつろの状態で手に鏡を当てたままの状態だった。
そして、私がその鏡の目の前まで来た瞬瞬間、後ろからくる魔物の追いかけるスピードが早くなるのが容易に分かった。
「嘘でしょ…! 」
そんな声が、段々と近づいてくる。
「マッテェ…マッテェ…」
「開いて! 開いて! お願い開けて! 」
私は、出たい一心で目の前にいる自分に懇願するようにして鏡を叩いていた。けれども、私は、死んだ魚のような目で鏡の前で立ち尽くすばかりで、私の叫びにはなにも反応することはなかった。
そして、怪物が私に襲いかかろうとした瞬間だった。
もうだめだ…
そう諦めかけた瞬間だった。
「くわばら、くわばら」
神楽は、呪文でもいうようにして、右ポケットからハンマー取りを取り出し、鏡を叩き割ったのだ。
「バリン!」
この世界にひび割れのような線が引かれはじめていた。
昔、美術の教科書で見たことのあるカンディンスキーのような幾何学的な線がこの教室に、いや、この世界にひかれていた。
そうこうしているうちに粉砕し、破片がゆっくりと粉雪のように落ちていった。不思議にもその光景がなんとも深夜に降る粉雪のようで、綺麗だと思ってしまった。
同時に、私はその怪物がいなくなった安堵のためか目の前が真っ暗になってしまいその場で崩れるように倒れてしまうのだった。
第七話目