九十九物語 【大きい葛籠の中身】#7
どれくらい眠っていたのだろう?
目を開けると、あたりは暗がりに包まれ、鈴虫などの声が聞えてくるばかりだった。
「おっ、起きたかい… 」
声をかけてくれたのは、白峯神楽だった。彼は、私が起きるまでずっとそばにいてくれたようだった。そして、小さなカンテラとキャンプに使うようなシングルバーナーでケトルを載せてお湯を沸かせていた。
「ここって… 」
あたりを見回すと、私たちが肝試しにきて入った合わせ鏡の館だった。
「合わせ鏡のど真ん中で鏡の前にたっていたよ。まるで魂が抜かれたようにね」
「嘘…。なんで…? じゃ、他のみんなは? 」
「先に帰らせたよ。面倒な事案が発生しているのは火をみるより明らかだったから」
そういいながら、シングルバーナーの火を調整していた。
「でも、トンネルにも幽霊が―――」
「あぁ。ごめん。それ、僕だよ」
「はい? 」
「あのあと、あの廃遊園地に行くのはやめたほうがいいと再度忠告しにいこうと思って、キミの家にむかったけれど、一足遅かったみたいだ。だから廃遊園地に向ったんだ。そしたら丁度、トンネルでキミたちを見かけたから声をかけようとして、手を振って追いかけようとしたら、なんか、幽霊と勘違いされちゃったみたいで、あれれ? って」
「当たり前でしょ! 呼んでもない人が追っかけてくるなんて、みんな驚くに決まっているでしょ! 」
「それで、僕が廃遊園地に着いたときは、キミがいなくなったと言ってみんなパニックを起こしていたよ。だから、『有栖川さんなら先に帰ったよ』と言ってごまかして事は済んだのだけれどね」
「やっぱり、あのへんてこな世界って…」
「雲外鏡が見せたキミの心象風景だ」
「雲外鏡? なにそれ…?」
「古い妖怪だよ。魑魅魍魎の類。ものの怪。あるいは八百万の神。正確にはツクモガミが正しいのだろうけど―――」
「なんで神様が私を襲うわけ? 」
「神さまも場合によっては、人間に害をなす奴だっているんだ。諺にもあるでしょ。『触らぬ神に祟りなし』ってね」
その諺を知ったとき、鏡の世界に入る前の記憶が蘇り、私が、安易に合わせ鏡に手に触れてしまったことを思い起こしていた。
「あぁ…」
「だから、神さまの気に障った―――なんてね」
神楽はシニカルにそういった。
「そんなの…、理不尽じゃない」
「そもそも襲ったわけじゃないよ。キミの心象風景を写しただけだ。鏡はね、目に映る姿を見るものの意味で「影身」から派生してきた説があるんだ」
「かげみ…って、私の影のこと? 」
「そう。つまり本来なら外から見ることができない「自分」と言う存在をみることができる。それはある意味では、外見だけでなく内面さえも映し出す役割も担っている」
「神楽はあの鏡の世界にいたの? 」
「僕? 僕は、ずっとここでみていたよ。ここで、生身のキミと一緒に鏡の世界にいる君を第三者目線で傍観してたさ。いや、この場合は神目線、かな…」
「どこから、どこまで見ていたの? 」
「だいぶ最初から」
「プライバシーの侵害でしょ、それ」
「証拠もないから立件自体難しいよ」
「見ていたなら、なんで、助けなかったの! 」
「いろいろ、事情があったんだ。葛籠の正体、君の言う謎の少女の正体、キミの思い出せない記憶を知るためにも丁度いいと考えたんだ。キミには悪いけれど、見させてもらった」
彼はそういいながら、沸いたケトルを手にとった。
「じゃ、お詫びにコーヒーか、紅茶しかないけれど、どっちにする? 」
「悠長にこんなところでお茶なんて―――、神楽の言う魑魅魍魎の類が襲ってきたらどうすの? ここって、そうゆうところなんでしょ」
「僕がいるから安心してもいい。これでもゴーストバスターだから」
「それ、冗談じゃなかったのか…」
「僕は、いつだって真面目だよ」
「うそつけ! 」
「ハハハ、それに今は動かないほうがいい。トランス状態だったとはいえ、一日中、直立不動だったのだからさ。血のめぐりが悪いよ」
神楽の言うとおり、長時間たっていたせいで、立とうにも足が疲れてしまって震えてしまうのだ。私は、ここから早く出たい気持ちを抑えつつ足の震えがなくなるのを待つことにした。
「それなら―――紅茶かな…。苦いのは苦手」
私は、私は神楽から紅茶を受け取った。
「じゃ、聞きたいことがたくさんあるだろうから、質問してどうぞ」
「最初に私がいた教室だけれど、なんかすごい意味不明な夢を見ているような世界だった。
私がそうゆうと、彼は本を出してきた。
「それ、鏡の国のアリス? 」
「そう、この葛籠の中に入っていたものにこの本があった。鏡、チェス、ジャバーウォック、あの世界のベースになっているのはこれが原因だろうね」
「ジャバーウォックはわかるけれど、チェスの要素なんて…」
「教室でみんな奇妙な動き方していたでしょ。キミも含めてね。あれはチェスの盤の上にいたからだ。教室の床には正方形のタイルをマス目にして動いていたんだろうね」
「どおりで…妙に動きづらかったのか。教卓まで頑張っていったら、急に動けるようになったんだけれど」
「あぁ。配役がポーンだったから」
「ポーン? 」
「チェスのポーンは一マスもしくは、ニマスくらいしか行けない駒だ。だから、あの世界では、遅くて当然」
「なら、神楽はなんだったの? 」
「あの格好をみるとルークかな。塔、戦車を表している駒だろうし」
「だから、机に椅子を乗せてあんなにイキリ散らしていたのか…。じゃ、あの少女はなんだったの? 」
「クイーンだ。チェスの中で一番強い駒。だから、クラスメイトはなすすべなく、次々と彼女に消されたんだろうね」
「なるほど…」
「ちなみに、僕がクイーンになりたいか? といっていたあれは、チェスの相手の陣地の一番奥までいくとプロモーションといって、クイーン、ビショップ、ルーク、ナイトのいずれかに成れるんだ。動きまわりやすい駒はった一つ、クイーンになるしかない」
「そうか。だから、教卓までいったら急に動きやすくなったのか、なら、最期らへんであった。彼女を押し倒したとき、ルール違反って非難されたのって、チェスの駒の動きに反したから? 」
「正解。キミは右となりにいたクイーンを取ろうとした。ポーンはそんな事はできないよ」
「それじゃ、あの少女の正体は誰かわっかたの? 」
「その答えは、たぶんキミが持ってきたその葛籠でもあるんじゃないかな。葛籠の中に何が入っていたか? 」
私は、葛篭の中を開けると、そこには大量まんべんなくモミジがぎっしり詰まっていた。
「なんで大量のモミジが…?? 」
「イロハモミジ」
私は、その中の一枚を手にした。
「いろは…」
そういえば、鏡の世界でも、この文字を見かけた。そして、この言葉を口にした瞬間、体が軽くなった。
しばらく考え記憶をたどった。
あの謎の少女…
彩葉…
「あ…」
突然、思い出した記憶に戸惑いを隠せなかった。体がブルブルと震え、喉奥からなにかがこみ上げてきそうな気持ちになった。私が中学生だった頃だ。一番仲のよかった友達だった。
「落合…彩葉…」
「その子に似ているの? 」
「う、うん…。なんでだろうね…。今の今までイロハの存在を忘れていた…」
私は、また涙を流していた。
「その人って…」
「うん…、亡くなっている…」
一時の沈黙が流れた後に、神楽は、ケトルを見つめながら、「そうか…」と呟いた。そして、私は、彼女とのいきさつを神楽に話し出した。
第八話目