九十九物語 【ジャバーウォック】#3
「ジャバーウォックを殺せ?」
「夢の中で誰かがそう言っていた。だから、私はその謎の少女の名前だと思ってるけれど、そんな妖怪がいるの? 」
「ルイス・キャロルの鏡の国のアリスにはそんな怪物の描写はあったけれどね」
「鏡の国のアリス? 不思議じゃなくて?」
「不思議の国のアリスの後日談だよ。不思議の国のアリスに比べて知名度低くてね」
「じゃ、そのジャバーウォックって、どんな怪物なの? 」
「さぁ? 」
「さぁ? って、なんなの? 」
「そもそも、この怪物自体が正体不明なんだよ。鏡の国に入ったアリスがジャバーウォックの詩というものを読む中で描写されているだけでね。正体不明の魔獣が名前のない主人公によって打ち倒されるという内容だ」
「意味不明だね。なんでそんなのが夢に―――」
「夢なんて、元々意味不明でしょ」
白峯神楽は時たまに正論を言う。
「確かに…」
「でも、キミが見た夢とジャバーウォックで共通していることを鏡の国のアリスで引用するのであれば『誰かが何かを殺した』というところは確かなんだろうね」
「誰かが…何かを…」
「それで、いつから、その夢を見はじめた? 」
「四月に入ってからずっと…」
「なんか、変なものを拾ったりとか、食ったりとかしたことはある? 」
「私は、犬かよ」
「どこかの廃墟、洞窟、心霊スポットなんかに無礼なことをしたり、マーキングをしたりとかは? 」
「やったことないよ。だから、犬かよ! 」
「じゃ、わかんないねー」
「あっ、生徒指導部に用があったんだ… 」
「あー、わかった。わかった。じゃ…、神社で何か願い事はしたのかい? 」
「…たしかに、神社で巫女さんとお話をしてなにか頼みごとを聞いてくれたことをおぼろげなく思い出した」
「おぼろげなく? それって、いつの話? どこの神社? 」
「一年前だったかな。その神社はイワナガヒメを祀っているお社だった」
私はスマホで神社の位置を教えた。
「ふ~ん。イワナガヒメって、一般的に容姿が醜い神様だよね。岩のような永遠性をあやかって、健康長寿・縁結びの神さまだ」
「詳しくは知らない」
「じゃ、そこで、何をしていたの? 健康長寿でも祈っていたの? 」
「そういえば、何をしていたのだろう? 」
「おいおい…、お話にならないぞ」
「いや、思い出せるのでけれど…」
「けど…? 」
「そこに行った時の記憶のすべてがおぼろげなの。なんか…、モザイクでもかかったみたいに思い出せない…。だけど、私はその神社で泣いていたことだけは覚えてる」
私がそういうと、神楽は口元に手を当てて真剣そうに考えていた。
「じゃそこで、何を願ったのかも分からない。何をしていたのかも分からない。おまけに泣いてた…、と」
「うん…」
「迷子の子猫ちゃんかな?? 」
「う、うるさい」
「犬のおまわりさんも困ってしまって鳴くことしかできないね」
彼は笑いながら両手をあげて、お手上げというような仕草をしていた。
「他に変わったことは? 」
「……」
私は、言いいたくないことがあったが、明らかに関係していることなので、そのことも話始めた。
「実は…」
「うん」
「本当は誰にも言いたくないことなんだけれど…」
「なんだい? 」
「私の体重が最近増えたの…」
「……」
そうゆうと神楽は困惑した表情をしていた。
「なんて答えたらわからないけれど―――」
彼はそう言いながら私の肩に手を置いた。
「有栖川さん。自分の不摂生を神さまのせいにしてはいけないよ」
「違う! 」
「違わないよ。まずは、野菜中心の食生活をしたほうが改善の見込みはあると思うよ。夜食も控えてね」
「夜食はたべたけれど―――あんな増え方異常だよ!」
「違わない。違わない。人のせい―――じゃなかったわ。神さまのせいにしな~い」
「だから、言いたくなかったのよ!! 」
私は信用してもらえないため、体重計で量ったときのスマホの写真を見せた。
「これが、人間の体重だと思う? 」
私は、人にはみせたくなかったが私の体重を計ったさいに撮った写真を神楽に見せた。昔は48kgだった。しかし、日に日に体重が増えていき、今では148kgだった。それなのに体形はあまり変わっていないのだ。
「これは…」
「……」
「立派なミリオンセラーだな」
「殴っていい? 」
「まぁ、冗談は置いておいて、置くべきものはその箱だろうけれどね」
神楽は私には見えない箱をジェスチャーで教えた。
「やっぱり、これが原因のか―――」
「今、安心したでしょ?」
「してないよ!! 」
「有栖川さん。キミが背負っているものは、箱は箱でも『背負い葛籠』なんだよ」
「背負いつづら 」
「キミも日本昔話の舌切スズメを幼少期くらいにお母さんに読み聞かせてもらったことくらいあるんじゃないかな?」
「うん、まぁね」
「その物語に登場するのが葛籠なんだ。ここで問題。心優しきお爺さんがスズメから貰い受けた葛籠は?」
「え…? 小さな葛籠」
「正解」
「反対に意地悪でスズメの舌を切ったお婆さんが貰った葛籠は? 」
「大きな葛籠」
「正解」
「ちなみに、お爺さんが貰った葛籠の中身は金銀財宝の類。お婆さんの葛籠の中身は魑魅魍魎の類―――。お婆さんはその後、どうなったと思う? 」
「私が聞いた話は命からがら逃げ切っただけど―――」
「アハハハ、可愛いね。マイルドだね。御伽噺って言うのは時代背景や世相に伴って内容が改変されていくんだ。今の時代の言葉でいうのであれば、子供の教育上よろしくないってね―――」
彼は一呼吸置いた後、話し出した。
「喰い殺されるんだ」
「……」
「さて、ここが問題。キミが背負っているものは? 」
「大きい葛籠…? 」
「……」
彼は『正解』とは言わなかった。
「当初、キミの箱の存在を見たときはまだ小さかった。特段、気にすることはなかったんだけれど、日に日に大きくなっていた。それにつられて、キミの表情も段々と厳しいものになっていたからね」
神楽が指摘したことによって最近のからだのだるさや重い感じがしていた理由がわかった。
「それに、キミはあの廃遊園地に胆試しに行くって言っていたよね」
「え? 」
「あまりお勧めはしないかな…、その状態から鑑みてもね」
「どうして? 」
「それもキミたちがいこうとしているあの廃遊園地はそういった澱みの巣窟。何らかの拍子で魑魅魍魎の類が感化されて、その箱からエイリアンのごとく産まれるのかもしれないからね」
「……」
「ねぇ…」
「なんだい? 」
「私が大きな葛籠を背負っていることや記憶があやふやなことって、イワナガヒメの神社で願い事をしたのと関係しているの? 」
「まだ、断片的なことしかわからないけれど―――体重が上がったことに関しては葛籠が原因だと思ったほうがいいかもね。ちなみに、あの大きい葛籠のことを『重ゐ葛籠』とも言うんだ」
「それが…、何か意味をなしているの? 」
「見方をかえれば、想い葛籠を背負っているとも言えるなと思ってね。なにかキミの想いなのか、はたまた―――君の言う夢の中の少女のことを指すのか―――」
彼は、そう言って推測していたが、最期に「愚考だろうか…」と呟いていた。
神楽と話していると、学校のチャイムが校庭内に響いていた。
「6時のおやつだー。またなにか分かったら連絡するよ」
彼はそういいながら帰路にむかうのだった。
「なんなの? 6時におやつじゃなくて夕食でしょ? 」
やはり、彼はどこかのネジが一本抜けているように思える。
「想ゐつづら…」
私はそう呟いやいて、見えない葛籠とやらを背中でさするのだった。
第四話目