緒方洪庵と適塾
日本で最初に、
大規模ワクチン接種を実現した人を
知っていますか?
少年時代
緒方洪庵は、1810年、足守藩(今の岡山市)の武士の家に生まれました。
武士には他の人のお手本になること、
そして、戦になったときには他の人々を守ることが期待されました。
洪庵少年も剣術の稽古に励みましたが、
病気で寝込むことが多く、剣術も上達しません。
「自分は人々を守る武士になれるのだろうか?」
と悩む日が続きました。
医師になろう
1826年、名医と評判の蘭学者中天游の噂を聞いた洪庵は決意します。
「わたしは体が弱く、武道で身を立てるべきではありません。
じつは、以前から万人の命を救う医道に進もうと考えておりました。」
両親にあてた手紙です。
※蘭学はオランダから輸入された学問です。
当時は幕府による制限が厳しく、
輸入できる外国の本は中国のものとオランダのものだけでした。
洪庵は、4年で大阪の中天游の思々斎塾にたくさんあった人の体の仕組みや
太陽や星がどう動くのかなどの科学の本を読み尽くしました。
さらに、江戸の名医と名高い蘭方医坪井信道のもとに弟子入りしました。
※蘭方医は、オランダ流の考え方で治療するお医者さんを言います。
今度は、ほかのお医者さんにも読めるように、オランダ語の病気についての本の
日本語への翻訳に挑戦しました。
適塾
1838年、洪庵は大阪に戻り、おおぜいの患者さんの治療にあたりました。
同時に、全国から集まってきた若い人たちに、
人の体の仕組みや病気の治し方を教えました。医学塾です。
塾の名前は「適々斎塾」、略して「適塾」。
「おのれの心に適うところを楽しむ」好きなことを楽しく学ぶという意味です。
適塾はだんだんと、オランダ語の本を読んだり、日本語に訳したり、
ブタの頭をもらってきて解剖してみたり、アンモニアをつくってみたりと、
語学塾・科学塾の色合いを濃くしていきました。
ここを巣立った福沢諭吉をはじめとする門人たちの多くが、
明治の日本をつくる立て役者になっていきます。
天然痘
当時、世界的に猛威をふるっていた病気に天然痘があります。
日本も例外ではありません。
天然痘にかかった人の3人に1人が亡くなり、治っても体中に痘痕が残ってしまうのです。
種痘
洪庵はできるだけ情報を得ようとオランダから輸入した本を読みあさりました。
そして、ヨーロッパには「牛痘種痘法」とよばれる天然痘を予防する方法がある
という情報を見つけました。
牛がかかる天然痘に似た病気があります。牛痘と言います。
1798年、イギリス人のジェンナーが、
牛痘でできたウミやカサブタを人の体に植えると、
その人には免疫ができ、天然痘にもかからなくなることを発見したのです。
これが種痘です。
今でいう弱毒性の生ワクチンです。
大規模ワクチン接種
洪庵は考えました。天然痘は人にうつります。
防ぐためには、子どもたち全員が免疫をもつ必要があるのです。
お金があるとかないとか言っていられません。
1849年、洪庵は、いち早く痘苗(弱毒性の生ワクチン)を手に入れていた
京の日野鼎哉に分けてもらい、お金持ちの協力を得て、大坂除痘館を開設。
同時に、おおぜいの子どもたちが種痘を受けられるように
四国や九州まで痘苗を送りました。
初めのうちは、
「牛痘なんて受けたら牛になっちまうぞ!」
とのデマが流れ、除痘館に近寄る人はほとんどいませんでした。
洪庵は「そんなことにはならん」と根気よく説得を続け、
近所のすべての子どもたちに種痘を受けさせました。
種痘を受けた子どもたちは天然痘にかからないことが認められていき、
1858年、除痘館は幕府に認められた施設になります。
幕府は全国に除痘館をつくり、日本で天然痘にかかる人は急激に減りました。
その後
1862年、洪庵は江戸に呼ばれました。
将軍家の医師として治療にあたるほか、お玉が池種痘所あらため
西洋医学所頭取として西洋医学をとりいれる活動も精力的に行いましたが、
無理がたたり、
1863年に突然ひどく咳き込み、大量の血を吐いて亡くなってしまいました。
適塾は次男が引き継ぎ、教え子たちと蘭学を教え続けました。
1869年(明治2年)に治療と医学教育を行う大阪仮病院が開設されました。
先生は洪庵の息子や適塾の教え子たちです。
大阪仮病院は、大阪医学大学などをへて、
現在の大阪大学医学部へとつながっていきます。
一方で、西洋医学所は、現在の東京大学医学部につながっていきました。
現在
赤ちゃんが生まれたら、
結核・日本脳炎・麻疹など
様々な病気の予防接種を無料で受けられる制度が整えられています。
医の世に生活するは、
人のためのみ、
己がためにあらずといふことを
その業の本旨とす。
(医師は人のために生きるのだ。)
参考文献
大阪大学適塾記念センター 編. 新版 緒方洪庵と適塾. 大阪大学出版会. 2019.
新戸雅章 著. 江戸の科学者 西洋に挑んだ異才列伝. 平凡社. 2018.
奥山景布子 著. 伝記シリーズ幕末ヒーローズ!!坂本龍馬・西郷隆盛…日本の夜明けをささえた8人!. 集英社みらい文庫. 2015.
北俊夫 監修. しらべよう!47都道府県 郷土の発展につくした先人③医療. 偕成社. 2021.
角川書店編. 日本史探訪16国学と洋学. 角川文庫. 1985.
日本近代思想体系14科学と技術. 岩波書店. 1989.
山本太郎 監修, 稲葉賀勝著. 「疫病」と日本人. 新日本出版社. 2021.
脇村宏平監修. 10の「感染症」からよむ世界史. 日経ビジネス人文庫. 2020.
伊藤玄次郎 編. 富山の置き薬 上. かまくら春秋社. 2019.
小宮輝之 著. 人と動物の日本史図鑑②古墳時代から安土桃山時代. 少年写真新聞社. 2021.
石川寛 監修. すごろくで学ぶ安政の大地震. 風媒社. 2021.
犬飼六岐. 著. 幕末疾走録 青藍の峠. 集英社. 2016.
安部龍太郎 著. 大活字本シリーズ お吉写真帖《上》. 埼玉福祉会. 2016.
吉村昭 著. 雪の花. 新潮文庫. 1971.
他に、適塾や除痘館跡の資料を参考にさせていただきました。
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