40年に一人の男

 2年間の任期を終え、萩原係長が関東地方に異動となった。私と、定年間際の広川さん、厄年の大島さんの3名の上司である。
 
 萩原さんは30歳の若い幹部候補であるが、「自分はチュウダイだから、本当はホウソウ?にもなれたけど、あえてこの仕事をしている」等と、時折、意味不明な専門用語を発するところを除けば、細かい点にも気が付く優秀な人材であった。
 
 上司の栄転であるので、私を含め、3人の部下は、餞別をワイシャツの胸ポケットに裸で入れてパソコンに向かっていた。餞別を渡すことを申し合わせたわけではないが、この部署では慣習として行われていた。
 
 定時を過ぎると萩原さんは立ち上がって、あいさつのつもりかどうかは分からないが、話し始めた。
 
「ああ、やっと東京に帰れるよ。なんで僕がここに来たんだろうね。でも僕がいなくなったらここは大変だと思うよ。フフフ。じゃあ、おつかれ。」
 
 これだけいうと、そのまま出て行ってしまった。広川さんと大島さんはパソコンから顔を上げず、特に返事もしなかった。私は、一応、お疲れさまですとこたえて、胸ポケットに手をやったが、なぜか、それ以上動く気は起きなかった。
 
 萩原さんの足音が聞こえなくなると、広川さんが、胸ポケットから2千円を取り出し、
「いやあ、渡そうかと思ったけど、なぜか引っ込めてしまったよ。」
というと、大島さんが、
「実は僕もです。」
といって胸ポケットから2千円取り出して見せた。次は私の番である。
「実は取り出しにかかったんですけど、それ以上動けませんでした。」
といって、2千円取り出して見せた。
 
 3人が2千円を目の前に上げると、広川さんが、
「今まで何人にも渡してきたけど、40年勤めてきて渡さなかったのは初めてだよ。どうだ、今日これで飲みにいくか。」
というと、3人とも笑い出した。
 
 そのとき、ふと視線を感じてドアを見ると、萩原さんがドアの外でこちらを見ていた。私と目が合うと、
「ここのID、総務に返しちゃった後だから出口でとめられて・・・」
といってこちらを見る。ここは割とセキュリティが厳しい職場なのである。なので、萩原さんは、誰か一緒に出口まで来てくれ、と言いたいのである。
 
 その表情は、愛想笑いをしながらも口元はゆがんでおり、今まで見たことのない複雑な表情であった。
 
 広川さんと大島さんを見ると、忙しそうにパソコンをのぞき込んでいる。広川さんのパソコンは、この時間だとシャットダウンしているはずである。何を見ているのであろうか。
 
 二人に行く気がないのなら、私しかいない。面倒くさいな、という思いから、立ち上がるのに5秒くらいかかった。かなり長い5秒である。萩原さんはもっと長く感じられたであろう。
 
 萩原さんが、私たちのやり取りを聞いていたのかどうかは今もわからない。
(登場人物は全員仮名です。)
 
 職場の煩わしい人間関係に飽きたら、転職か独立を考えてはどうだろうか。タクシーなら勤務中は一人だけであり、配車以外の指示はなく、面倒な同僚や上司はいない。
 
 また、行政書士は、比較的資格は取りやすく、在庫を持たなくてもいいので独立しやすい仕事ではある。

 前者については、アマゾンの電子書籍「タクシードライバーの仕事地方都市編」を、後者については「行政書士試験は思ったより短期間で合格できる」をご一読いただければ、参考になるものと思います。

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今村明隆
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