耐えられるのか、完遂できるのか
身体が悲鳴をあげている。知っている。普通の毎日なら仕事行ったあとに病院にも行く。でも身体というより心から身体に出ているもので、それが引越しというものに抵抗しているからと知っているのに、何もかも理由を知っているのに、耐えなきゃならないし、完遂しなければならない。
思ったより引越しは私には辛いことらしい。同県内の実家に帰ることで一般的な風邪をひいて、挙句に18日19時頃から寝違えてもないのに寝違えた首・肩の痛みが凄まじい。実家に帰ったら円形脱毛症になるのではないか、蕁麻疹が出るのじゃないか、キラキラカラーが口から出るのかとまだ帰ってない段階で、準備の段階でこんなことになっていて、本当に引越ししたくない。
ただ、試練好きでもないのだが、今実家に帰っておかないと様々人間としてやらなくちゃならないことができないので帰るのだが、私は実家が嫌いな人間だ。若かった頃を振り返ったとき、小さい頃からそして多感な時期、若い時とよく耐えて過ごしたもんだと思う。詳しくは言えないが、当たり前だと思っていた実家話を周囲にしたらドン引きされることが何年もあって、実家って普通じゃないんだ…と30前に気づいた。
世の中の家庭の何が普通かは疑問だが、10人、どこかの家族の代表がひとりずつ集まったとして、8人が行うことをしない2人の方に入るんだと自覚したのはざっくり10年くらい前だった。
私だって自分も家族と話をして帰ることに決めて荷造りもしたが、急激に体調不良にやられたのである。インフルエンザやコロナってすごくしんどいのに、気持ちの面でインフルやコロナの方が楽かもしれないと思ったほど。
なんでもない単身の部屋で広くはないけど、私をただひたすら守ってくれたこの場所から離れたくない。ここは今月末でもう私に立ち入る権限はなくなる。寂しい。
実家に帰って更にストレスにやられないか不安で仕方ない。というか肩とか首がカチカチで痛すぎる。
本当なら16日に引越しの予定だったのだが、風邪で延期せざるを得なくなった。
人生、100年時代と言っても、自分が主導権を持って人生を歩けるのは80年と少しと考えている。死ぬ死なないは横に置いて、意識の問題で、昔は長く感じていた人生も確実に人生の砂時計は落ちていて、あと半分しかない。ときには半分もあると思うこともあるけど、ひたすら、この引越しに対していくら40歳でも耐えられるのか完遂できるのか、不安しかない。これ以上体調崩さないようにするしかない。
理解ある職場に感謝しかない。