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惜別の歌

あれから、ずいぶん過ぎました

「結婚するって!」

そう聞いてどれだけ過ぎたか

前祝いだと会社で飲み会だといわれた時も
運転手としてスナックの奥でジュースを飲んでいた

結婚式もずっと駐車場で運転手で待っていた

良妻賢母の鏡のような女を演じていた

「よくできますね、我慢強いですね?」

私は何でもできる

皆にお祝いを言われ、飲んでいる主役を睨みつけながら

「悪いですね。いつも運転者をしてもらって
こんなにできた奥さんはいないよね
あんな男にはもったいないよね?」

「いいんだよ、
どうせ家にいてもすることがないんだから」

何も知らない亭主が大きな声で答えた

これは当たっている
私はすることはない

この酒乱の亭主のお守りをしているだけだ

本来ならタクシーで帰ればいいのだ

この席でなければ店の前まで送って帰っていたが

私はこの主役を見ていたのだ

「ここで俺を刺すか?
俺はどっちでもいいよ
本望だ。
そうすればお前は俺のものだ」

主役が耳元で囁いた

「どちらの勇気もない、追い詰めたのは私だから
貴方の苦しみを考えなかった」

「あした。くる?」

「行かない」

「誰かのものになった男には会いたくない」

皆んな出来上がってきた

歌も終盤になってきている

「滝さん、歌って!」

誰かが声をかけてきた

「踊るか?」

「最後だから、
お前を愛していた
待てなかったこと謝らないよ
言えば嘘になる」

「最後に亭主に見せつけたい
お前は俺のものだと」

私は誘われるままに踊った

「奥さん、借りるよ」

亭主がびっくりした。

夫とは男と女の関係はない
もう長くなる

目の前の男と会うようになって近づけなかった

私が夫に触れられることを嫌ったからだ

まさか。踊るなんて?

この人はみんなの前で私を抱きながら惜別の歌を歌った

これから結婚する男は別れの歌を歌ったのだ

誰も気づきはしない
この人との関係は

2年後に私は離婚した

だれも信じられない離婚に踏み切った


最後にお付き合いいただきありがとうございました




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雪絵
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