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忘却された兄妹 4巻
中学三年の二学期も中旬を過ぎた頃から、正哉が学校に姿を現すようになった。
最初こそ、クラスの男子生徒たちは、誰も正哉に話しかけなかった。
そんなある日、5時間目の授業が始まった。
正哉のうしろの席に座っている男子生徒が、いきなり立ち上がり、「こいつ臭いです。授業に集中できません。』と正哉が臭いと先生に訴えたのだ。
そのとき正哉が目線を落としうなだれていた。ボクが正哉を臭いと口に出した奴に文句を言おうとした瞬間、すかさず別の男子生徒が、『お前こそ、口が臭いんじゃ!喋るな。』と正哉を擁護する言葉を言い放った。
その言葉を聞いたクラスの生徒たちは、みんな大笑いした。
正哉を臭いと口にした男子生徒は、口をおさえて黙って座った。
先生が男子生徒二人に、『そんなことを人に言うもんやない。』と苦言をさした。
ボクが正哉の顔を見ると、正哉は顔をあげ、暗い表情が少し明るくなっていた。
その日の放課後、『正哉、気にするな。明日も学校にこいよ。』と正哉を擁護したクラスの男子生徒が口にだした。
『ありがとう。』こんな同級生に正哉がお礼を言った。
この日をきっかけに、正哉が学校に通うことが当たり前となった。
クラスの同級生たちから、正哉は遊びに誘われるようにもなった。
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以前、いつもひとりでいた正哉の暗い表情がなくなっていた。
ただ一つだけ、ボクには疑問が湧いていた。そんな疑問を正哉に尋ねてみた。
『なぁ。正哉、妹は一年の何組なん。』
『妹のクラスは知らん。』
『妹を学校に連れてきてないんか?』
『うん。一応誘ってるねんけど。妹は家から出らんねん。』
心配していたとおり、やはり妹はひとりで家にいると正哉が言うのである。
このとき、ボクは正哉もまだ中学生であり、妹を気にかけている正哉本人が長らく続いた不登校からの脱却に、精一杯だったことには気づいていなかった。
この後、正哉から、『俺が学校にいこうとすると。妹が泣きながら、正哉学校にいかんといて。ひとりにせんといて。』と妹から学校にいくのを引き止められていることを聞かされた。
そんな正哉は、妹が気になり後髪引かれる思いで学校に通っていたのだ。
※つづく
※『ひよこ』
※ノンフィクション