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忘却された兄妹 3巻
正哉が2階の窓から顔を出し、『おぉ。遊びにきてくれたん。ちょっと待って。』と言葉を残し、顔を引っ込めた。
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『ダダダダ』と家の中から、慌てて階段を走り下りてくる音が、家の外まで聞こえてきた。
家の車庫のシャッターが、『ガラガラガラ』と音を立て開き、車庫の中から正哉が姿を現した。
『遊びきたで。』
「遊びにきてくれたんや。まぁ。上がって。』
正哉が家に上がるよう、ボクを招き入れてくれた。
ボクは、『お邪魔します。』と言って車庫から家の中に入った。
ボクが靴を脱いでいると、正哉が車庫のシャッターを、『ガラガラガラ』と閉めた。
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なんで、わざわざシャッターを閉めるのかボクは少し不可思議だった。
『2階が俺の部屋やねん。』
『正哉、自分の部屋があるんか。すごいやん。』
正哉の家に上がると、なんだかほこりっぽかった。そして薄暗く感じた。
空気がよどんでいるようにも感じた。
父子家庭独特の情景だった。
ボクの通う学校では、父子家庭や母子家庭の同級生が多くいた。
そんな同級生の家に上がることもあったが、正哉の家はやはりそんな同級生達の家とは、なんだか少し様子が違う。
押入れの破れたふすまから、布団や衣類が乱雑に押し込まれている。
別の破れた襖から、乱雑に雑誌も押し込まれていた。
そんな情景を目にしながら、正哉の部屋に入った。
『なぁ正哉、クラスの女子が鑑別所に入ったわ。これで、クラスの空席が増えたわ。』
『そうなんや。鑑別所に入った奴がおるん?』
『うん。夏休みが終わって、学校が始まってすぐ担任の先生が言うてたわ。』
中学三年生の頃から、金髪の女子が鑑別所に入ったことを先生から説明があったと正哉に伝えた。
不登校の正哉に、クラスの状況を話してみたものだった。
『ところで正哉は昼間、何食べてるん?』
『俺は昼、なにも食べてないよ。』
『ほんなら正哉、給食食べに学校にきたらいいのに。』
『そうやなぁ、それもいいなぁ。』
学校に誘うというよりも、定食屋にでも誘うような言葉を正哉にかけただけである。
そんな正哉は、よほどお腹を空かせているのか。この言葉に少し反応した。
時間が経ち、『正哉、トイレ貸して。』
『うん。いいよ。階段の横がトイレやで。』
正哉に教えてもらったとおり、トイレに向かい扉を開くと、便器の中には真っ赤な血のついたトイレットペーパーが流されず放置されていた。
『なんやこれ?』ボクはこのトイレの情景に驚いた。
トイレから正哉の部屋に戻る途中、廊下にも血痕があるのに気がついた。
『正哉、なんやトイレにも廊下にも血が落ちてるぞ。』
『あぁ。妹が鼻血でも出したんや。たまにあるねん。』
正哉が気にもとめていない返事をした。
ボクはこのときはまだ、これが正哉の妹の生理だとは気がつかなかった。
それから、しばらく正哉の部屋に居座ったが、だんだんボクの体にかゆみを帯びた。あまりにもかゆみが増すので、この日は2時間ほどして正哉に、『俺、そろそろ帰るわ。』と言って家に帰ることにした。
正哉の部屋から帰ろうと、階段を下りている途中、やはり階段にも古い血痕があることに気がついた。
『正哉、妹ホンマに大丈夫なんか?』
『大丈夫や。たまにあるねん。』
『そうか。それやったらいいねんけど。』
車庫で靴を履いていると、正哉が車庫のシャッターを開けた。
『お邪魔しました。正哉またな。』
『おぉ。また遊びにおいで。』
正哉の家をあとにしようと歩き始めたとき、ボクの背後から、『ガラガラガラ』と正哉の家からシャッターが閉まる音が聞こえてきた。
ボクが帰る道すがら、正哉の妹が気がかりだった。
勿論、血痕のことも気になっていたが、それよりも、人の気配はするものの、正哉の妹を見かけることがなかったからだ。
そして、正哉はなぜシャッターをいちいち閉めるのか?
なにか深いわけでもあるのか?
ボクはこれ以後、正哉の家にちょこちょこ遊びにでかけるようになった。
それから正哉と妹の不登校の事情を少しずつ知りはじめることになっていく。
※つづく
※『ひよこ』
※ノンフィクション