歯列矯正〈抜歯編〉

抜歯をした。
上と下の小臼歯4本と、親知らず2本。合計6本。

抜歯の目的はもちろん口ゴボを改善したいというものなのだが、やはりこれまで人生を共に連れ添った仲間を失うのは辛く…なかった。

抜歯後の歯を持ち帰りますか?という提案にはことごとく拒否した。血塗れの君を見ると、持ち帰った後になんだか後悔の念が湧きそうだと感じたから、さっさと処分してもらうことにした。

私の抜歯スケジュールは、
下の歯2本抜歯→1週間後に親知らず2本と上の歯2本抜歯
というものだった。

小臼歯はめちゃくちゃ秒で終わった。
ピンチでゴリゴリされて、まるでアウトレイジの世界観だった。脳内にヤクザ映画が流れるのを阻止するために推しのことを考えていた。
「好きだよ いつだって」と指差しながら笑う+alphaの大橋和也くんの映像を12回くらい再生した後、「はい抜けましたよー」という先生の声で我に戻った。
先生のおかげで抜歯後も全く痛くなく、血も比較的すぐ止まり、処方された痛み止めに手をつけないまま1週間が過ぎた。
強いて言えば痛いのは麻酔の注射くらい。それも表皮麻酔済みだからそこまでチクッとしない。
ただ私は幼少期から注射されても泣いたことがなかったと親に言われるほど痛みに強いタイプなので、それもあったかもしれない。

抜歯後の食事には十分気をつけた。
前歯が機能不全になったので、当分雑炊やスープばかり食べていた。
翌日から仕事や学校に行けますとGoogleは言うが、初めての抜歯だったので余裕を持って抜歯後4日目くらいにようやくバイトのシフトを入れていたのだが、それが結構きつかった。
接客業なのもあり、バイト後に少し痛みが生じてしまった。

ドライソケットには絶対なるまいと、強めのうがいや歯磨きはしなかった。
抜歯後5、6日目になると痛みも引いてきたため、無尽蔵に湧いてくる食欲に抗いきれず、唐揚げを丸呑みした。
それからはとにかく、ありとあらゆるものを丸呑みした。

問題は親知らずだった。
私は前回の抜歯時のあまりの痛みのなさにあっけらかんとして、2回目の抜歯も臆せず意気揚々としていた。
終わったら何しようかな〜とかそんなことを考えながら歯医者に行った。
私は完全に忘れていた。
私の親知らずはまだ眠っていることを。
完全なる埋伏歯は、メスで切り取って歯を掻き出した後に縫合する必要がある。
当然単純に歯を引っこ抜くだけの小臼歯とは訳が違う。
バスバス注射を打たれ、それが本当に、涙が出てくるほど痛かった。
そしてゴリゴリ掻き出されていく音。横にいかつい奥歯の存在があるから余計ゴリってて怖かった。
瞼に差し込む白色光で、逆さまつげの手術をしたときのことを思い出した。まああれよりはマシか!と思って何とか耐えた。
実際あれよりはマシだった。

この瞬間も前回同様、大橋くんを召喚した。
そして
(終わったら直帰して寝る!!!)
と、そう強く決心したのだった。

家に直帰した後、処方された痛み止めに初めて手をつけた。血もなかなか止まらず、湧き上がる食欲に真っ向から応えてあげられないことに怒りが湧いてきた。
昨日まで私は唐揚げとハンバーグと担々麺とナポリタンを食べていたのに…。
失ってから気づく、食べたいものを何の弊害もなく食べられることの素晴らしさ。
私のこれまでの悩みは全て生理的欲求が満たされている上で発生するものだったのだと気づき、気になる男からLINEが来ないとモヤモヤすることとか自分がブスなこととか、そんなの全部屁に等しいと思った。
だって昨日まで食べることができていたハンバーグも炒飯も担々麺も唐揚げもナポリタンもうどんもドリアもドーナツも、食べることができないんだから。




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