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今思う事。

何を書こうか迷ってるけどとりあえず書いてみます。
わたし、生まれ変わりを信じてるわけじゃないけど、もし生まれ変わるなら人間はもう嫌だ。そこで、何がいいのか考えた。犬や猫はある程度感情があるし、飼い主でそれぞれの人生が左右される。殺処分寸前の檻の中で死を待つだけの人生かもしれないし、普通の家庭でペット(又は家族)として普通に飼われているかもしれない。飼い主に対して、好き嫌いの感情だったり、先住猫や先住犬との関係もあるだろうな。寿命はせいぜい15歳で大事に育ててもらって長生きすれば20歳とか。飼い主がいなかったり寂しい思いをするのも嫌だし、もしかしたら歳を取ったら捨てられるかも。でも、そうされたとしても動物は飼い主としての人間を信じる。怖くて怯えたとしても絶対に恨んだりしない。
だから、感情のない生き物が良い。
以前、映画「タイタニック」で、ジャックを演じるディカプリオが、ローズと出逢い、夕食の席に招待される。上流階級の人々の質問攻めに遭い、どこに住んでいるのか聞かれる。ジャックは「住所を持たない根無し草だ」と答える。自由気ままのその日暮らしと言い、周りの人々を納得させる。
そうだ、雑草だ。
雑草が良い。
F.カフカの「変身」ではないけど、朝起きたら虫ではなく草?www
雑草の立場になったことはないからわからないけど、道端で踏まれたとしても痛みは感じないだろう。根っこを抜かれたとしても種がどこかに飛んで、時期が来ればまた芽を出すこともできるだろう。
道路で轢かれた猫を見て可愛そうと思うこともない。
飼っている犬猫が年老いていく姿を見て愛おしいと思うこともなければ、亡くなって辛い思いをすることもない。
誰かに罵倒されて傷付く事もない。
誰かを傷つけることもない。
評価されるのを待つこともなければ評価されることもない。
自分は承認欲求が強すぎるのか、どうしたら周りが喜んでくれるのか悩むこともない。何も決めなくて良い。何も考えずに空を一日見ていれば良い。
雨に打たれて辛いと思うこともないだろう。
...こう書いていたらD.Hロレンスを思い出した。ある映画の中で引用されていた詩。
D.H.ロレンスの詩、『自己憐憫』です。『野性なるものが 自らをあわれむのを .私はみたことがない。 .小鳥は凍え死んで枝から落ちようとも .自分を惨めだとは決して思わない』
というもの。
もう人間は嫌だ。



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