長い乾期(BFC6落選展)
ふあー。初のブンゲイファイトクラブ落選しておりました。一次も通過せず。実力者がおおいのだと泣いてあきらめます。
選考基準は「記憶に残る」だったのでハチャメチャやってみたのですが、うける作風ではなかったな。今後の皆さんのファイトを観戦して勉強しようと思います。
ポップコーンとコーラを片手に。悔しっ。
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雨が降らなくなって一年以上が経った。
新聞には『令和の大干ばつ』と書かれ、農作物の値段は高騰。とうとう、政府が個人宅の水道使量と時間を制限し始めた。今朝のTⅤニュースではアナウンサーが、埼玉の奥地で「ご覧ください。なんと川が枯れました!」と、異常事態を分かりやすく説明していたくらいだ。
そして、何故か人が死ななくなった。天気がここまで異常になるくらいだと、世の摂理もねじ曲がるのだろう。
亡くなった人間は荼毘にもふせず、どうしているのかというと、死ぬ直前の作業を続け、動いている。例えば花に水をやる際に亡くなったら、空になったじょうろに給水して花に撒く。それを永遠と繰り返す。食事中であればナイフとフォークをずっと空中に動かすだろう。
ゾンビのようだという向きもあるが、彼らは生者を噛みちぎるという明確な目的で動いている。よく分からず邪魔に動いている分、こちらの方がたちが悪いと言える。腐っていく匂いだって鼻を突く……。
そういえば通勤中に死亡した会社員のニセモノがいる。毎朝見かけるのだが何百往復したあげく、足が腐ったようで駅への道を匍匐前進していた。
横目で眺めているとニセモノの乾燥した手首がもげた。すっかり細くなった手首は、体を引っぱって前進する労働から逃げ去っていく。ピアノをリズミカルに打鍵するが如く、指を上下させて草むらの奥へ奥へ。
今はサラリーマンの死骸も綺麗さっぱり無くなっている。おそらく、誰かが市の環境保全課に電話して、焼いてもらったのだろう。彼等も慣れたもので、現場に着いてから十分もかからず、火炎放射器で焼き尽くすそうだ。
当初は死体を固定する器具の扱いが雑で、燃えた死体が歩き回って隣家が延焼など、よくあった。ある時には、工場勤務の死体を燃やしたはいいが、指が倉庫に飛びこんで化学薬品に引火した事件も起きた。それらトラブルの教訓を活かしたのだろう。今では死体処理は複数名で行うこと、延焼を防ぐシートや囲いの設置、事にあたる前に警報装置を起動させることなどが徹底されている。
また、不死化現象は人間だけが対象かというとそうではなく、動物も同様だった。動物園では猿や熊のミイラがのそのそ歩き、鳥類はギーギーと奇声を発し、羽根がもげるまで飛ぶ。
ただ不思議なのは、これが日本特有の怪奇現象だということ。諸外国では死骸は普段通り。死後に動かないし、葬儀の後は厳かに棺桶にはいって埋められていく。
さて、自分が亡くなった場所は会社のデスクだった。給与担当だった自分は棚にある資料を取りに立ちあがろうとして、眩暈を感じた。そのまま椅子に座りなおそうとして、机上に突っ伏す。あっという間に体から意識が抜けた。鮮やかなまでの過労死だ。
しかし、この一大事に誰も気がつく様子はない。パソコンが苦手なおばちゃん社員は、お茶を俺のデスクに声もかけずに置いていく。同室の奥にいる課長はちらりとこちらを見遣るが、ため息をつくだけ。定時になると、色落ちした茶色い鞄を持って、さっさと帰っていった。
俺は(人ってこんなに突然、亡くなるものなのか)と驚く。意識は体内に戻らないし、何かの作業中に亡くなったわけではないから、机に突っ伏したまま。
その状態で数日、経った。
課の扉が開いて、真っ赤な防火服を着た連中が三名入ってきた。俺の耳は聞こえないので内容は分からないが、課長がこちらを指さして何やら説明している。防火服たちは俺を椅子に縛って、前方に銀の衝立のような物を設置する。ホースを持ちだし、先に取り付けた金具をこめかみに当ててきた。死んでいるので感覚はないはずだが、ひんやりとする。カチリと音がした後、すぐに俺の全身は炎につつまれた。
次に課長は顔を別方向に向け、定刻にお茶を入れるおばちゃんを指さす。防火服はおばちゃんへタックルをして、押し倒した。銀のシート上に倒れたおばちゃんは、からからと音をたてて転がる湯呑へ両手を伸ばす。防火服たちにさすまたのような物で背中から固定され、これでもかと言わんばかり、炎を浴びせられた。
(おばちゃんいつ死んでいたのだろうか)。疑問に思いながらも、俺はようやく成仏できる喜びに浸る。が、まったく意識が遠のく、または天国へ魂が飛んでいく感覚は起こらない。
翌日、いつぶりだろうか。降雨があった。
どりゃぶりも良いところで、今までの乾期への埋め合わせをするように止まらない。朝から晩まで延々と降り続け、部屋のなかが湿気で充満し、水分の匂いまでただよう頃。
引っ張られるような感触が俺の背中にあった。空中に出現した小さな穴から、別世界へ吸い込まれるよう。
気がつくとそこは河原だった。
川へ向かって三人が一列となり、長蛇の列ができている。砂利が敷き詰められていて、列が前に動く度に、ざざざと石が擦れあう音がする。
先頭付近に親指程度の大きさで、白髪の老婆がいた。老婆は髪を振り乱しながら、群衆にむけて拡声器で怒鳴っている。
「待たせたね! 順番に船に乗せるから待っといてくれ。六文銭を用意するんだ。ない? じゃあ、今の価格で三百円だ」
──どうやら、三途の川も干上がっていたようだ。
川が雨で満たされ、ようやく船が動きだす。彷徨っていた魂は死後の世界へ。世に溢れていた死体は動作を止めて、ようやく棺にはいる。現世の人々はすっきりした顔で言うだろう。
「すやすやと、安らかに眠ってくれ」