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情熱で……なんとか(短編小説・古賀コン)

「聞いたか? 今回のライブ。人気投票でドベだったら、事務所を首らしいぞ」
 オレは控室を一緒にでた、西森へ念押しする。廊下で相方は振りかえりうなずく。その顔にはさすがに緊張がみてとれた。
「丁度いいわな。オレも二十九だ。ここでウケなかったらもう駄目だ」
 自嘲するように言ったオレの言葉。コイツは驚いたように目を広げるが、ちゃんと分かってくれているだろうか。

 ──本当にやばいんだって。ネクタイ締めて常識の枠のなかで必死に働く。そんなことできないから、漫才師になったんだ。ここで否定されたら、どこで生きていけるってんだ。バッキャロー。そんな焦りを飲みこんで、オレは事務所への文句をいう。
「ドベの回数ったって、今回取っても十回目だろ。ジャンプも最下位を何回かとったら人気作品でも打ちきりらしいけどさあ。それくらい厳しいわー」
「い、いや修ちゃん。ジャンプは三回で打ち切りだから」
「マジかよ! 社会はどんだけシビアなんだあ」

 舞台袖では、最近テレビに出だしたコンビがべしゃっている。ツッコミの奴には先日土下座したばかりなので、顔を直視できない。けっしてスポットライトが眩しすぎるだけではなく。でも、かみさんの出産費がどうしても必要だったからさ。
 気のいいやつで「先輩には気にかけてもらったし、飯奢ってもらってましたし」と現ナマで貸してくれた。ありがとうありがとう、って両手を握ったがどうやって返したらいいのか。少しずつでもやっていかないと。
 ツッコミの奴が袖で入れ替わる際に、小さくガッツポーズをして「やったりましょう」とつぶやく。こっちの事情を知っているらしい。良い奴だ。人間ができているから仕事が回ってくるのかな。そういう面もあるし、実力もあるだろう。一年目から訳わからん面白い漫才やってたし。オレらも頑張ってやってはきたんだけどさ……。まあ、やったりましょうか。

「どうもー、機関銃です。田沢と西森と申します」
 つかみはいつもウケねえんだ。今日は銀行強盗のネタに持っていくために、「金金金。金さえあればなあ」という台詞から始めたわけだけど。なまなましいんかな。
 せっかく前のコンビがあっためてくれた舞台がひんやりしていく。
「よし。それじゃ俺が強盗やるから、お前は銀行員な」
「分かった! 仲良くやろうね!」
「笑顔でいうな。お前は金をとられる側なんだから。仲良くはできねえよ」
「ええーっ残念。僕、修ちゃん好きなのに」
「オレも嫌いじゃねえけど! 話進まねえから」
 ここはたまに客がクスクス、ざわめく。ただそこからは下り坂。唯一の盛り上がりは、オレが銃を西森の足元にみまうシーンだ。行員をびびらす為に銃を連発する。ここで相方はボックスステップを踏んで、弾丸をかわすのだ。ダンスのあとに俺は叫ぶ。
「ねえっ! 今のスローなダンスじゃ弾丸かわせなくねえ? どういうことー。絶対足に穴空いてるって」
 平然とする西森の体をつかまえて揺するところで、まあまあの笑いが起きる。今日も銃を見せつけた後、西森の足元に向ける。

 まずい。奴の目が輝いている。
 おい、最後の舞台だからっておかしな真似をするなよ。普段ネタを考えない人間が笑いを取ろうったって碌なことにならないんだから。
 だがスピーカーからの銃声を止めることはできない。
 西森はゆっくりとしたボックスステップ……ではなく、漫画のように足を上下に高速でばたつかせた。やりやがった! 台本無視しやがって。どうすんだよ、このあとの展開!
 しかし前列の客、数名が何故だか吹きだした。数年前からのネタだから、ずっとボックスステップをしていたわけで。それがなっがーい振りとなり、常連に引っかかったのか?
 オレは西森の目を見る。『まだイケるか? 最悪、もう一度さっきのやっても天丼でうけるかもしれん』と問いかけるが、その充血した目は読み取れない。オレは鼻息の荒い相方を信じることにした。こうなりゃお前と心中だよ、バッキャロー!
 もう一度、銃を取りだし音声さんに合図をする。ダンダンダン、と西森の足元への銃声が劇場に広がっていく。
 西森は腕を組んで腰を下ろして、右脚左脚を交互に上げ下げ。
「コサックダンスもいけるんかーいっ」
 大柄な西森が必死にコサックダンスをするさまは確かに面白い。観客の半数は笑っている。
 そうだ。真面目な西森は、お笑い学校のダンス授業も熱心に受けていたんだった。対してオレはなんで踊りが必要なんだよ、とさぼってた。でも家でマルクス兄弟のビデオを見てはいたから。ただ怠けていた訳じゃないから。

 はい、もう一丁。ダンダンダン、と銃声を響かせる。会場の笑い声で、銃声が鈍くおもえた。
 今度の西森は、両足をどこどこ振り上げ、振り降ろす。そしてぴたりと全身を止めると、右手を高くさし上げて、その方向に視線を向ける。
「フラメンコか! 見えない薔薇を咥えんな。闘牛はよけれても弾丸は無理だろうが!」
 西森がはーはー、息を切らせながら
「ス、スペインの情熱で……なんとか」
 というと、場内が揺れた。

 まあ、ここがピークで。その後は熱気によっていつもよりはウケたけど。だが、これでドベは無くなっただろう。舞台袖にはけるときに、西森がオレに声をかけてきた。
「なあ、修ちゃん。諦めないでさ、もうすこし僕ら踊り続けようよ」
 オレは相方に背中を向けながら、即答した。
「当たり前だろ、バッキャロー。まだステップ踏み始めたばかりだ。これから皆に見ていってもらうんだ」

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