強い「ベネフィット」は葛藤を解決する
前に、強いベネフィットは「本能」に刺さる、と書きました。似たような話ですが、強いベネフィットは「葛藤」を解決する、という話をします。
ヒトの意思決定については、単一のシステムで判断がされていない、という心理学の研究があるそうです(「二重過程理論」といいます)。ヒトのココロには、「早いこころ」と「遅いこころ」がある、という考え方です。ヒトの意思決定を考えるにあたり、この考えは非常に示唆に富んでいると思っています。
こんな経験はないでしょうか。美味しそうなスイーツを見た時に「食べたい!」と思う、しかし、一旦立ち止まって「いや、カロリーも砂糖も多いだろうし、このスイーツに3,000円払うのは…」と考えてやめる。この場合「食べたい!」と瞬間的に思うのが「早いこころ」「いや、やっぱり…」と理性的に考えるのが「遅いこころ」です。「ヒューリスティック」と「ロジカル」、「本能」と「理性」と言ってもよいかもしれません。(厳密には「二重過程理論」の定義と違うかもしれません。僕自身の解釈です)
面白いのは、この二つの「こころ」が起きるとき、それぞれ脳の違う部分が働いているらしいんですね。「早いこころ」は脳の奥のほう、「遅いこころ」は脳の外側だそうです。そして、「早いこころ」と「遅いこころ」のどちらが優位に働くかは、実はその人が置かれた状況によって結構ことなるようです。体調や疲労具合にもよりますし(「遅いこころ」は疲れやすい)、その前にどんな気分だったかによっても変わるらしい。いつか別の記事で書こうとも思いますが、哲学で有名な「トロッコ問題」も、置かれる状況や、その前に何を見ているか、などによって回答の傾向が異なるとのことです。この時、やはり脳の活性化している部位は違うとのことでした。
つまり、ヒトの意思決定は、単一のシステムによって動いているのではなく、複数のシステムが存在し、場面場面によってどのシステムが優位になるかによる、ということでしょうか。よく漫画で、登場人物の後ろに「天使」と「悪魔」がいてそれぞれが囁いている場面がありますが正にそれですね。平たくいうと「葛藤」状態です。
ここからがマーケティングの話ですが、良い「商品ベネフィット」は、こういった「葛藤」を上手く解消する提案になっている場合が多いようです。例えば「本当は朝できたてのコーヒーを飲んで1日のスイッチを入れたい」「でも、わざわざコーヒーを買うのは面倒」という葛藤に対して、「コンビニでコーヒーが買えます」というベネフィットを提案する、というような感じです。最近の商品でいえば「栄養バランスが崩れるのはイヤだ」「でも、いちいち栄養バランスを考える手間が面倒くさい」←「完全メシで手間なく栄養を」というのも同様でしょう。前半では「本能」と「理性」の葛藤について記載しましたが、「葛藤」は必ずしも「本能」と「理性」だけではなく、「ある欲」と「別の欲」の「葛藤」という場合も多そうです。
「エンジェルインサイト」「デビルインサイト」という言葉や「ヒューマンインサイト」「カテゴリインサイト」という言葉があったりしますが、ベネフィットを考えるとき「消費者にどんな葛藤があるか」を考えると上手くワークする場合が多いのかな、と最近は思っています。(僕自身も「オモテのインサイト」「ウラのインサイト」という言葉をよく使います)その際に意識したいのは「葛藤は必ずしも顕在化しているものだけではない」「商品よりもっと広い、生活全般に関わる場合もある」ということでしょうか。いかにして葛藤を見つけていくかは、消費者の「行動」を見ると見えてくる場合があります。「固めるテンプル」の開発経緯などが非常に面白いですが、固めるテンプルを開発するにあたって消費者の「いやだけど、仕方なくやっている行動」を調査したところ「面倒だけれども、てんぷら油を処理する際に、新聞紙に油を吸わせて処理している」という方がいたそうです。これを深ぼっていくと「本当は環境によく油を処理したい」「でもよい手段がないので新聞紙に吸わせている」という葛藤に行きつき、固めるテンプルの開発に至ったとの事でした。
振返れば、神話からシェイクスピア、現代劇に至るまで「人間を描いている」と評価されているものの多くは「人間の葛藤」を描いているように思います。「こうしたい」「でもできない」という葛藤こそが、人間の本当の姿なのではないでしょうか。
参考文献
阿部修二著「意思決定の心理学」講談社
梅澤伸嘉著「消費者ニーズ・ハンドブック」同文者出版
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