「アド・アストラ」と物語の基本構造

数年前だが、評判が良かったということで「アド・アストラ」の感想を。

ネットを見ると「つまらない」という声も多いが、この映画はかなり物語の基本構造が剥き出しだったのでそれも一因なのかな、と思った。

さて、ここで言う「物語の基本構造」とは、

・行って帰ること
・それによって主人公が大人になる

ことである。

神話などでもそうだが
・日常から非日常へ向かい
・そこで死に肉薄し
・帰ってくることで成長・成功する

というものは物語の基本パターンで
身近なところだと昔話の桃太郎もそうだし、
スター・ウォーズの初期3部作なんかもそうである。
(ルークは帝国との戦いやフォースという非日常の世界に入り、悪との対決を経て無事帰ってくる)

「アド・アストラ」を見ると、
・地上から宇宙に行き、帰ってくる。
・それにより、身体的・物理的に変わらずとも
・主人公の心や考え方が成長する

これは、先ほど書いた物語の構造かなりそのままだ。
(個人的には宮部みゆきの「ブレイブ・ストーリー」を思い出した。「ブレイブ・ストーリー」も構造的にはほぼ同じである)

この過程での成長とは「大人になる」ということである。
おそらくこのために
「父親」を物語のキーマンにしたと思われる。

スターウォーズが「父親殺し」の神話的要素からヒントを得ているように、
・大人になるための超えるべき対象
・主人公のシャドー
として、父親のキャラクターを設定しているのではないだろうか。

※主人公は消えた父親のことをトラウマに思う一方で、「自分も父親と同じなのではないか?」と物語の中で自問自答するシーンがある。

つまり、話の構造的にはかなり神話的なのである。

このように「アド・アストラ」は構造でみると
すごくキチンとしているのだが、
逆に構造が先走りしている感じが個人的にはした。主人公や父親の気持ちが、いまいち分からないのだ。

このあたりは欧米人と日本人の価値観の違いなのかもしれない。

昔聞いた話では、欧米人は「構造(論理)」で芸術を見、日本人は「気持ち(情緒)」で芸術を見るという傾向があるそうだ。
※ この話はまた、別のところで

いつものことだが、あくまで解釈の遊び、ということで。

参考文献:大塚英志「ストーリーメーカー」星海社新書








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