ヴィンテージな生活

noteをせっせと書いていて、運動のこと、健康のこと、子育てのこと。いろいろ発信しています。

そんな自分はどんな生活をしているのかというと、運動の類いは特別何もしていません。と言うよりも、

あえてしないようにしています。

軽いストレッチはしていますが、筋トレやったり、ジムに行ったりはしません。それでどのくらい体型や筋力が維持できているのかを常に実験しています。

日常をトレーニングにする

そのため普段の生活の中で、これはトレーニングになりそうだなと思う所を探す癖が付いています。もちろん駅や職場の階段なんかは絶好のトレーニング場所です。

歩くときも、歩き方や歩幅、スピードなどを考えながら進んでいます。クネクネ動いていたり、急に立ち止まったりもしています。想像してみてください。さぞかしただの変な人だと思われていることでしょう。

自分の体をどの様に動かすかは分かっていないと他人に伝えることができません。これは自分のボディイメージを常に鍛えていることに繋がります。自分の健康と、他人の健康を同時にイメージしているのです。

ところで、オンラインで一時期盛んに行われていた運動教室や体操教室は最近どうなっているのでしょうか。最近はてんで聞かなくなっていますが。。。

やはり普段から継続してできることが大切だと思います。

運動を意識しないでできるとり組み

継続が大切なのは痛いほどよくわかりますが、変化を避ける傾向があります。安定した危険の無い生活を好みます。

特別なこと、体を追い込むこと、無理することは誰だってイヤです。

でも、よく考えてみて下さい。
体を動かして生活するなんて、昔は当たりまえにやっていたことです。

自分がこどものころは移動の手段なんて限られていました。こどもは歩くか自転車か。遠くまで自転車で友だちに会いに出かけていました。もっと昔は自然が身近にあり、その中で目一杯体を動かしていました。

大人も歩く機会が多く、みな体は日常の生活で鍛えられていたことでしょう。そんな生活を少しでも取り戻すことができれば、意識しないでも体の衰えは小さいのではないでしょうか。


いまはコロナがあって、さらに移動という動く機会が奪われてしまっています。

新しいものを追い続けて古き良きにたどり着く

高度経済成長を経て、平成の時代は便利なものがたくさん生まれてきました。便利なものはなんのために生まれて来たのでしょうか。

時間を生むため、というのが一つの目的だったと思います。それなのに、その便利さが移動を簡単なものにし、人々から体作りの機会を奪ってしまっています。

あえて時間を作って体を鍛えるというのは本末転倒以外のなにものでもありません。

そうならないためにも日常生活に近いところに昔の生活を意識した動く機会をデザインしていく必要があります。

同じ様な傾向は運動分野以外にもあります。便利な道具や機械が登場しても、古いものが見直されて、昔に戻る文化があります。

ヴィンテージというやつですね。

昔から行われてきた子どもの遊び方もヴィンテージ級の高い価値があると思います。年齢に合わせた効率的な動き方。興味の持ち方。遊び方。

新しいものを取り入れつつ、原理原則を意識した本物の医療、トレーニングを提供できるようにしていきたいと思います。

中川将吾
小児整形外科専門ドクター

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