「家」制度の消滅とともに、家族の定義がなくなった日本。司法から見た、現在の日本の家族の姿とは――?
【Famieeディスカッション 第4回<前編> ゲスト:細谷夏生さん(弁護士*)】
多様な家族のあり方を世の中に投げかけていく「Famieeディスカッション 家族のカタチ対談シリーズ」の第4回。国内外の家族法に詳しい西村あさひ法律事務所 細谷夏生弁護士*と、Famiee代表理事の内山幸樹が対談。その内容を前後編に分けてお届けいたします。
(noteではディスカッションの一部を記事にしています。ディスカッションの全内容は、FamieeのYouTubeチャンネルで後日公開予定です)
*2023年6月現在、海外勤務のため日本法弁護士登録を一時抹消中
機械やAIではなく、生身の人間が
手間と時間をかけて法律に向き合う意味
内山 幸樹(以下、内山):Famieeディスカッションの第4回目。今回のゲストは西村あさひ法律事務所の細谷 夏生(ほそや・なつき)弁護士です。まず細谷先生から自己紹介をお願いできますか。
細谷 夏生(以下、細谷):はい。私は2015年に弁護士になりました。昨年(2022年)夏からコロンビア大学のロースクールに留学したことを機に、現在は米国で仕事をしているため、一時的に日本の弁護士登録を抹消しておりますが、これまで8年間ぐらい法曹界に身を置いていることになります。家族に関する法律について考えることがとても好きで、これはほとんど趣味の世界です。それを現実でも役立てられればと、Famieeには立ち上げのときからかかわらせていただいています。
法曹になろうと思ったのは、大学で故・小寺彰教授の民法の授業を受けたのがきっかけです。日本の有名な判例をいくつか取り上げて、法による判断がどのように変わってきたかを検証する授業でしたが、取り上げられていた判例のひとつに、いわゆる不倫をした有責配偶者からの離婚請求の事案がありました。
内山:ええと、不倫をした人、された人、どちらが離婚請求をするという話ですか?
細谷:不倫をしたほうです。されたほうが「もう嫌だから離婚したい」というのは自由ですが、不倫を自分でしておいて、さらに離婚したいと主張することが許されるのかどうか、ということがポイントでした。これがそもそもどうして問題になるのかというと、今は時代も変わってきていますけど、昔は、結婚している夫婦のうち外で働くのは男性のみで、女性は専業主婦が多かった。男性側が不倫をして離婚を請求してもOKということになったら、女性側は気持ちが傷ついた上に、経済的な危機に立たされる。それは踏んだり蹴ったりではないかと。
そんな自分勝手は許さないということで、不倫した側からの離婚請求は認めないという裁判所の判断がしばらく維持されていたのですが、あるときこれが覆った。その判例では、いわゆる結婚生活は数年で終わり、男性は別居するとすぐに別の女性と暮らし始めた。法律上はもともとの奥さんとの籍が入ったままなので、同居している女性とは籍は入れていないのだけれども、実態としては数十年間、奥さん以外の女性と夫婦のように暮らしている。もともとの奥さんとの間には、請求の時点で未成年の子どももいないし、夫婦としての実態があるわけではない。そういう事情なら離婚請求を認めてもいいでしょうと、裁判所が判断を変えたのです。
その授業で、小寺先生がぼそっとつぶやいたのです。「この人にとっては、これが本当の恋だったのでしょうね」って。私の耳にその一言が残りました。別に裁判所が本当の恋だから認めたとか、本当の恋ではないから認めないとか、そういう話ではないのだけれども、そのとき私が思ったのは、法曹の仕事というのは既存の法律を適用して何かを機械的に決めることではなくて、人間の実際、家族の実際に照らして、1つ1つ判断しているのだな、ということでした。機械でなく、AIでもなく、人間が手間と時間をかけて解決に当たる意味というのは、1つ1つのケースとその当事者たちに向き合うことにあるのだと、なんとなくわかったような気がしたのです。
現行の日本の法律には
家族の定義がない
内山:日本における家族の歴史と現状について、法律の観点からお話しいただけますか。
細谷:憲法を含めて、現行の日本の法律では家族の定義が示されていません。私も便宜上、家族法という言葉をよく使うのですが、何かの法律のタイトルに「家族」という名前が付いているかというと、実は付いていません。
関係する法律はもちろんあって、たとえば憲法24条2項では「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」とされています。でもこれは、そもそも家族とは何かということを定めているわけではありません。
憲法にはほかに、「親族」というタイトルの章が含まれていて、夫婦や親子といった特定の人間関係に伴う権利と義務を定めています。けれども夫婦だけが家族ではないし、親子だけが家族ではない。家族とは何ですか、という質問に正面から答える規定は、今の日本の法律にはないのです。
第二次世界大戦前の旧民法には、家族の定義がありました。当時日本にはいわゆる家制度というのがあって、各家に戸主がいて、その家に属するメンバーの結婚や養子縁組についての同意権を持っていた。結婚するときは、戸主の同意が必要だったのです。そういう制度だったので、戸主の権限が誰に及ぶのかを法律で定めておく必要があった。だから戦前の旧民法には、家族の範囲が定められていました。
内山:家制度がなくなったから、家族の定義も必要がなくなったということですか。
細谷:そうですね。それに旧民法は、とても男女不平等な法律でした。たとえば女性は、結婚すると、夫の同意がなければ自分で法律行為ができない。仮に自分の収入で車を買う、家を買う、あるいは自分が持っている土地を売るという場合であっても、夫の同意がなければ無効。さらに女性の財産は夫が管理することになっていました。
戦前の男女不平等に関しては民法で定められていること以外にもたくさんの問題があって、たとえば女性には参政権がありませんでした。女性であるというだけで、選挙で投票もできないし、立候補することもできなかった。第二次世界大戦で日本が負けて、GHQが日本にやって来たとき、総司令官だったマッカーサーが基本方針として真っ先に掲げたのが婦人解放でした。つまり女性に参政権を与えようということです。第二次世界大戦に突き進んだ日本、その決定をした議会のメンバーを変えないと、きっと日本はまた同じ過ちを犯す。マッカーサーは、そう考えて、日本を変えるために女性に参政権を与えたのだと言われています。
札幌地裁、東京地裁が相次いで
「同性婚を認めないのは違憲」と判断
細谷:大日本帝国憲法から現在の日本国憲法に変わるときに、参政権のほかにも男女平等を目指した条文が加えられました。そのうちのひとつが、憲法24条1項。「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない」。
この「両性の合意」という言葉が少々やっかいなのです。2021年、札幌地裁が、同性婚を認めないのは憲法違反だというはじめての判断を下しました。けれどもその判決の中で札幌地裁は、原告側の、同性婚を認めないことが24条1項に違反しているという主張については、違反していないという判断をしました。札幌地裁がどう言ったかというと、両性の合意というのは男女を想起させる。つまり、憲法24条1項は男女間の婚姻のみについて定めており、男性同士、女性同士の、同性婚の権利を認めているわけではないという判断をしたのです。
ただ、どうしてこの条文が入ったのかという経緯を考えると、その主旨は、戸主や親など結婚する当事者以外の人たちが決めるのではなく、当事者同士の意志だけで結婚できるようにしようというところにあると考えられます。その結果として選ばれた言葉が「両性の合意」であり、これは必ずしも結婚を男女間のものに限定することを意図した言葉ではないと考えることができると思います。
内山:札幌地裁は、婚姻は両性の合意、つまりあくまで男女の合意で成立するという判断をした。にもかかわらず、最終的に同性婚を認めないのは憲法違反だという判断を下したのは、どういう理由だったのでしょうか。
細谷:同性カップルが結婚できないのは、法の下の平等に反する。そこが違憲だという判断を下しています。
2022年11月に、東京地裁も同性婚の可否についての事案を取り扱いました。ここで東京地裁は、同性婚を認める法制度が存在していないという状態は、「法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」という憲法24条2項に反しており、違憲状態だという判断を示しています。
伝統的な家族って何?
家族のとらえ方は人それぞれに異なる
内山:日本の家族が抱えている課題について、細谷先生はどうご覧になっていますか。
細谷:家族にかかわる最近のトピックスとしては、同性婚の法制化や選択的夫婦別姓の導入などに関する議論がすぐに思い当たるのではないかと思います。これを認めるべきではないという人の中には、認めると日本の伝統的な家族のあり方が揺らぐ、伝統的な家族観が脅かされるという意見があります。
個人的には、そもそも伝統的な家族のあり方とは何なのかということがよくわかっていませんし、もしそういうものがどこかに存在するとして、それが揺らぐと具体的にどう問題なのかもぴんときません。私は、機会があれば、伝統的な家族のあり方を理由にそれらの制度に反対する人たちに「伝統的な家族とはつまり何ですか。」と質問してみるのですが、本当に具体的な説明をできる人は少ないと思っています。
内山:”伝統的な家族観”と言われてぼくがイメージするのは、いわゆる法的な婚姻と、血のつながり。要は、家族になるには、法的な婚姻か血のつながりが必要だというのが伝統的な家族観なのではないでしょうか。
細谷:たとえば血のつながりというのは、家族というと、何親等くらいまででしょうね?
内山:う~ん、”伝統的な家族観”という視点で言うと、昔は三世代同居していたので、おじいちゃん・おばあちゃんから孫までを家族と捉えていたんでしょうかね? しかし、最近は、核家族化が進んできたので、同居している親と子までを家族と捉えるように変化してきているような気もします。ただ、それだと、おじいちゃん・おばあちゃんは、最近では、家族ではないと認識している、ということになってしまいますね。難しいですね。
細谷:そういう考え方もあると思います。だけどたとえば私は、もう何年も会っていない妹を、今でも家族だと思っています。要は、いろいろな考え方があっていいのです。家族とは何かということについて、みんなが同じ考えを持っている必要はありません。
内山:法律上、家族の定義がないということは、法的な家族として認められないからこの権利が得られないとか、このサービスが受けられないという制約もないということですか?
細谷:そうだと思います。逆にいえば、法的には、誰かと誰かが家族かどうかを、ほかの人に認めてもらう必要もありません。
ただ、現実的に社会で生きていくためには、行政や企業から提供されるいろいろなサービスや商品を利用する必要があります。もちろんそれらはすべてが誰にでも提供されるわけではないので、サービスや商品を提供する行政や企業は、利用条件やルールの中で、自社の基準として家族の範囲を定義しています。だから、それらのサービスや商品を利用するために、特定の関係性が家族として認識され、受け入れられることが必要になってくるのです。
内山:価値観が多様化して、必ずしも結婚とか、血のつながりとかに依らない生き方を選ぶ人が増えている今、社会的サポートという文脈の中でも、家族の概念を広げることが重要であるということでしょうか。
婚姻制度は権利と義務がセットになった
便利な“パック商品”
細谷:結婚というと、感情的なつながりというところにフォーカスが当たりがちなのですが、法律的にいうと、究極的には恋愛感情があるかどうかは問題ではないのです。法律上の結婚というのは恋愛感情の話ではなくて、双方が結婚することに合意して婚姻届を出せば、いろいろなベネフィットや権利と義務がセットになったパッケージをドーンと提供しますという、そういう制度です。
ただ、実は婚姻届を出したら付いてくる権利と義務のほとんどは、婚姻届を出さなくても、個人的に契約すれば得ることができるのですよ。ただし、それを1つ1つやるのは、本当に面倒くさいです。私は家族の法律が大好きなので、個人的な興味で、結婚で得られる権利や義務を、婚姻届を出さずに獲得するための契約書をつくることにトライした経験があるのですけれど、ものすごく大変でした。弁護士の私ですら見るのが嫌になるぐらい、分厚い契約書になりました。一般の方には到底無理な気がします。
内山:(笑)結婚というのは、それぐらい大変な契約だということなのかもしれませんね。
細谷:やっぱり他人同士が家計をいっしょにして、子どももつくって育てていくとなると、どうしてもフリーではいられない。権利や義務でお互いを縛らないとなかなか安心して暮らせないという部分がありますから、それらをパッケージにしてあげようという便利な制度であることには違いないのだと思います。例えて言うなら、スーパーで野菜やお肉を1つずつ買う代わりに、肉じゃがや寄せ鍋のような人気のあるメニューでよく使われる材料をあらかじめ詰め合わせてあるパック商品を買うみたいなものですね。
ただし、肉じゃがや寄せ鍋に何を入れなければいけないという厳密な決まりはないのと同じように、結婚というパックの中に何が入っているか、つまり結婚によって得られる権利や義務の組み合わせは、国によっても違います。うちでは肉じゃがにニンジンを入れない。だけど隣の家は入れる。スーパーによっては、豚肉とじゃがいもと玉ねぎとニンジンが入っている肉じゃがセットもあれば、豚肉とじゃがいもと玉ねぎだけのセットもある。そういう話です。場合によっては、パック商品を提供するスーパー側ではなくて、買い手側がパックに何を入れるか選ぶことができるという商品だってあり得るかもしれません。
内山:Famieeはこれから、当事者同士が権利と義務を決めて契約書をつくる第一種パートナーシップ証明書のリリースを予定していますが、これはまさに、中身を買い手が選ぶことができるパック商品のようなものだと思います。
後編に続く: https://note.com/famiee/n/n73b82272e005
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