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日本の家族の歴史とトレンドーー【連載第3回】マッチングアプリの功績と罠

家族社会学の観点から、結婚の過去と現在を考察する連載の第3回。パートナー選びの手段としてすっかり定着した感のあるマッチングアプリに焦点を当て、その功罪を検証します。

慶応義塾大学 文学部 准教授 阪井 裕一郎

1981年、愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部准教授。博士(社会学)。福岡県立大学人間社会学部専任講師、大妻女子大学人間関係学部准教授を経て、2024年4月より現職。著書に『結婚の社会学』(ちくま新書)、『仲人の近代 見合い結婚の歴史社会学』(青弓社)、『事実婚と夫婦別姓の社会学』(白澤社)などがある。

■いまやマッチングアプリは“出会いの場”の定番に

 2023年の明治安田生命によるアンケート調査によれば、同年に結婚した夫婦の「出会いのきっかけ」はマッチングアプリが25%でした。4人に1人がマッチングアプリを介して出会い、結婚する時代になったのです。

 振り返れば、2000年代に入ると「婚活」という言葉が急速に社会に浸透。国立社会保障・人口問題研究所の2010年の「出生動向調査」では、未婚者が独身にとどまっている理由として「適当な相手にめぐり会わない」が多数を占め、トップでした。地縁、職縁で結婚相手を見つける時代は過ぎ、ひとりひとりが自己責任で結婚相手を見つけなければならない時代に。そのような中、近年はインターネットが新たなマッチメーカーとしてその存在感を増しています。誰もがスマホを使う時代に、出会いがデジタル化していくのは必然の成り行きと言ってよいでしょう。

 マッチングアプリが普及した背景には、コロナ禍の影響もありました。リアルの出会いの場が減って、オンラインでの出会いに対する拒否感が減じ、そのハードルが急速に下がったものと考えられます。

図表 夫婦の出会いのきっかけは何ですか?(単一回答)
(1年以内に結婚した夫婦が回答)

出典:「『いい夫婦の日』に関するアンケート調査」(明治安田生命 2023.10)

■安易に否定するのでなく公正な視点を持つことが重要

 男女交際や出会いを支援するサービスには、以前から懐疑的な目が向けられ危険視される傾向がありました。そして実際に、そのようなサービスにまつわるトラブルや事件が多数発生してきたことも事実です。古くは明治時代、次々に登場した結婚相談所では、美しい女性の写真を使って客寄せをし、多額の紹介料を取って商売をするといった手口が横行し、警察も取り締まりを強化していたという話もあります。

 マッチングアプリは比較的新しいツールであるだけに、一層厳しい目で見られがちですが、こうしたサービスの歴史や男女の出会いの変遷を振り返ってみると、安易に否定する方向に向かうのも望ましくないと考えます。

 私は先日、特定非営利活動法人結婚相手紹介サービス業認証機構(ims)から依頼を受けて、講演する機会がありました。imsは結婚相談所などの婚活支援業に対し、業務内容を精査した上で承認を与える活動を行っています。マッチングアプリもその対象です。いろいろとお話をうかがい、その審査はかなり厳格なもので、詐欺等の犯罪を防ぐためのさまざまな工夫がなされていることを知りました。確かにマッチングアプリの中には、詐欺まがいの行為に使われているものもあります。しかし正しく機能しているサービスもたくさんあるわけです。ふさわしい例えかはわかりませんが、パソコンのウィルスが進化すると、それに対処するバスターも次々進化するのと同様、マッチングアプリにおいても新しい仕組みがどんどん整ってきていることを知り、感心しました。

■新しい手段が古い価値観を補強することもある

 ただやはり、マッチングアプリの社会的影響についてはよく考えておく必要があると思います。第一に、人々の持っている既存の価値観を補強する側面があることを忘れてはならないと考えています。

 私は最近「マッチングアプリは家族や人間関係をどう変えますか?」といった取材を受ける機会が多くなりました。しかし、新しく登場した手段が、必ずしも新しい価値観を生むわけではありません。新しい手段が古い価値観を補強することもあります。出会いの手段が多様化しても、その裏側で出会いの目的がひとつに集約していく可能性もあるのです。

 たとえば生殖補助医療が発展して、妊娠・出産するための手段・技術は多様化しています。しかしそれによって、生物学的につながっている、つまり血のつながっている親子こそが正統だという旧来の価値観が補強され、非血縁的、非生物学的な親子関係がますます周縁化されていく可能性があります。

 手段はどんどん多様化しているが、目的はどんどん画一化され、古い価値観が補強されていく。特に家族や結婚をめぐる問題においては、そのような事例が多々あるように思います。

 AIによるアルゴリズムは各個人がもともと持っている傾向にしたがって生成されます。つまり、すでに存在する価値観をより強化する方向に働くのです。マッチングアプリでは「あなたが求めているのはこういう人ですよね?」とダメ押しするかたちで、AIが既存のジェンダー規範や結婚をめぐる価値観を補強していく可能性があります。たとえば、いわゆる女らしい人、家庭的な人、特定の職業の人が推奨され、それらに当てはまらない人々への理解が妨げられる危険性があります。

■マッチングアプリは“偶然の出会い”を阻害する?

 マッチングアプリの議論においては、「価値観の固定化」に加えて、「偶然性の喪失」が重要なキーワードになると考えています。自分が登録した条件に合致しない人とは、絶対に出会うことができないからです。

 偶然性の喪失は、結婚に限らず、現代社会の特徴だと日々感じています。人間同士の出会いだけでなく、あらゆるものとの出会いの偶然性が失われていくことによって、価値観が固定化されたり、自分が変わるチャンスを放棄してしまっている感覚があります。

 たとえば書籍も、最近はオンラインストアで購入することが増え、書店に足を運ぶ機会はめっきり減りました。たまに書店に行くと、「こんな本が出ていたのか。全然知らなかった」という出会いがあります。オンラインストアからさんざんレコメンドを受け取っていても、実はまったく知らない本がたくさんあることに気づかされるのです。

 ネットの情報検索も同じです。キーワードで検索している限り、すでに自分が知っている領域から脱することができません。ところが新聞を広げてみると、「あぁ、こんなこともあるのか」という新鮮な情報に出会えることが多々あります。

■“Web恋愛”が「スペックの社会的序列」を強化する?

 社会学者エヴァ・イルーズは、世界レベルでのパートナー選びのデジタル化に対して警鐘を鳴らしています。パートナー選びにおいて、女性側はまず「年収」で、男性は「外見」でフィルタリングする傾向があるといわれており、“Web恋愛”はすでに存在するそれらの「スペックの社会的序列」を強化していくことになるというのです。効率性を求め、自分の利益を最大化しようという行為が強まると、人は自分自身にとって「価値がある」と考えた人とだけ交流することになりかねません。

 私は以前、福岡で、結婚相談所の取材をしたことがあります。結婚相談所というと、結婚できない、相手がいない人がやって来るところというイメージがあるかもしれませんが、必ずしもそうではないのです。特に最近の若い女性の中には、「より良い」結婚をするためにお金をかけて結婚相談所を利用する人が増えているそうです。

 日常生活の中で、自分の条件にぴったり合う人に出会える確率は決して高くないかもしれません。一方、結婚相談所を利用すれば、登録している人のスペックがあらかじめ可視化されているわけです。より良い結婚相手を探す効率的な手段として、結婚相談所やマッチングアプリに期待する人も増えているようです。

■選択肢が広がる中で、増加するコミットメント・フォビア

 オンライン上のマッチングは、原理上は、パートナー選択の範囲を大幅に拡大しました。しかしその反面、コミットメント・フォビアの傾向が強まっているという指摘もあります。コミットメント・フォビアはもともと精神医学の用語です。コミットメントとは人と深い関係性を築くこと、フォビアとは恐怖症を意味します。つまりコミットメント・フォビアとは、心理的理由によって、恋愛や結婚、家庭を築くことなどに関して不安や恐怖心を抱く状態を指します。

 「この人は良い人なのだけれど、もっと良い人がいるかもしれない。本当にこの人でいいのかしら」という迷いに陥って、最終的な「決定」ができなかったり「持続的関係」が築けなかったりするケースがあることは、以前から指摘されていました。近年は結婚や家族に関する個人の選択の範囲が広がったことで、理想のパートナーをずっと探し続ける人が増加しているというのです。

 社会学者アンソニー・ギデンズは、著書『親密性の変容』(原著1992年)で、現代における人間関係は、伝統や宗教といった外部からの規制から自由であるがゆえに、明確な「ゴール」が定まらず、「もしかしたらもっと良い人がいるかもしれない」と永遠に理想のパートナーを探し続けてしまう無限ループの状況に陥りがちだと指摘します。マッチングアプリは、こうした傾向を助長する方向に働く可能性もあります。

 結婚相手選びが自己責任にゆだねられている時代。その救世主とされるマッチングアプリをどう使うかもまた、自己責任で判断する必要があるのです。

(【第4回】未婚、離婚、高齢化――現代日本の家族事情 に続く)


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