「World Is Myself」第7話(第3章)
**新和20年9月20日**
例えば、ハル子とわたしがこの日に話をしてなかったら、きっとこの先に明るい未来はなかったのかもしれない。
そのくらい大切な日になった。
それは、お互いのことを知って、お互いの手を取り合うことができたからだろう。
わたしたちは、きっとこの日に本当の友達になれたんだ。
**第3幕**
ハル子と話をしてから数日後に改めて、ハル子をABCカフェに誘うことにした。
メッセージを送ると、前回と同じく時間外に会うことになった。
幸か不幸か、顔を合わせる機会が少なかったので気まずくなるような事はなかった。
それでも、ABCカフェに向かう道すがらと待っている間も緊張しているのが自分でも分かる。お店に入って頼んだオレンジジュースに、手をつけられていない。
「はー、、、」
思わずテーブルに突っ伏して、大きなため息が溢れた。
これまでの人間関係でここまで困ったことなんて無かった。
ここまで踏み込んだ関係は初めてだ。
人に嫌われるかもしれないというのは、こんなにも心にずしりとまるで重圧がかかっているかのような錯覚に陥るものなのかと思い知らされる。
相手を大切に思うほどに、重たくのし掛かる。
「これが愛なのかな」
ぽつりと呟くと、不思議と合点が言った気がした。友だちに対する愛情。きっと、わたしは彼女のことを友だちとして好きなんだ。
しばらくテーブルに顔を押し付けていると、目の前に1枚のパンケーキが置かれた。
顔を上げると、お店のマスターであるお祖父さんがそこにいた。
「わたし、頼んでませんが」
「この前と違って、答えを見つけた目をしとる。だが、不安は相手にも伝染する。不安が相手の心に溶け込む際の混入物としてシコリが残り、邪魔をする。不安なぞ、これを食べて忘れろ」
表情を変えず、仏頂面で口にする励ましの言葉に少し笑ってしまう。マスターと会話するのは、今日が初めてなのに他人の気がしなかった。
「ありがとう」
それを伝えて有り難くいただくことにした。
ふん、と鼻息を1つしてマスターは厨房へ戻っていった。
それからしばらく待っていると、ハル子がお店に入ってきた。この前と逆の立場で、わたしが手を振って彼女を誘導した。
しかし、ハル子は少し戸惑っているようだった。いや、事実戸惑っただろう。その理由をわたしは知っている。
「さっちん、だよね。そのアバターは?」
「うん、わたしの現実そのままの姿だよ」
わたしの言葉通り、今のアバターは現実の体型に白衣を着た病人の装いだ。
最初にアバターを作成する際、身体をスキャンして現実によせて作ることが多い。
その為に、最初に作成されるアバターは自分をスキャンしたものになる。だが、少し慣れたら直ぐに自分好みの姿でログインするようになる為、利用する機会は少ない。
何より、本来わたしのような場合、特に敬遠するはずだ。
「今日の話をするなら、この姿が1番だと思ったの」
わたしがはにかんで笑うと、ハル子は席に着いた。ハル子の表情が少し固くなった。
「ごめんね、突然でビックリしたよね」
わたしの謝罪にハル子は首を横に振った。
今のわたしの姿は、元のアバターに比べると背が低く、痩せ細り、腰まである髪を1本に纏めていて同じなのは顔だけだ。
元気じるしの快活な女学生の姿から考えると、詐欺と言えるほどの変貌ぶりだろう。
「私の名前は、『橘 さち』。心臓の病で余命あと1年を宣告されている女の子です」
え、とハル子の口から言葉にならない声が漏れた。
「薬で命を繋ぎながら、家から出られず部屋と家の中だけで過ごして、学校は仮想空間。普通に暮らしている人からしたら、それはそれは可哀想に見えるよね」
自分に問いかけるように話をする。
正直にいえば、そう思っていた時期も存在した。
「でもね、いまのわたしは、そんなこと思わないんだ」
笑顔を見せて、ハル子に語りかける。
「だって、病気じゃなかったらハル子に出会えなかった。ハル子の気持ちに寄り添うこともできなかった。いまを一所懸命生きようだなんて、思えなかった」
精一杯の想いを伝える。
わたしが出した答え。
「ハル子、私ね、好きな人がいるの」
「うん、、」
「5歳のときに知り合った子なんだけど、どうもいまだに好きみたい。気づいたの最近だけど」
はは、と照れくさくて笑えた。
「いつか会えたら伝えるんだ。好きって。その人が拒絶しても構わない」
「どうして?」
「後悔をしたくないから。失敗してもいい、でも後悔を残したままの人生なんてつまんないよ」
ハル子は俯き、その表情は曇っている。
「これがわたしの答え。悩んでるなら、告白してくれた人のこと、好きなんでしょ?わたしはハル子に後悔して欲しくない」
ハル子は悩んでいるようだった。
そして、顔を上げた。
「ありがとね、さち。現実の姿まで見せてくれて。さちの気持ちは伝わったし、言いたいことは分かった。でも、」
表情は曇ったままだった。
「うちはさちのように強くはなれないよ。やっぱり怖いよ。現実の学校に行ったことあるんよ。車椅子のうちを面倒くさそうに対応したり、特別扱いされるうちの陰口叩いたり、すごく嫌だった。手のかかるうちのことを周りはマイナスとしか思ってくれない」
ハル子がおもむろに立ち上がると、
「うちは、ダメな子なんよ、、」
走ってお店を飛び出した。
「ハル子、待って!!」
静止したが、そのまま出ていってしまった。
わたしも続きたいが、ちらりとマスターを見た。親指を立てた手をクイっとドアに向けて何度も前後させた。行け、と言ってくれてるのだと分かった。
「必ず戻ります!」
それだけを伝えてわたしも飛び出した。
****
外に出ると、周辺を見渡してみた。
人通りはあるけど、ハル子の姿はすでにない。
闇雲に走り回っても、見つけることができる可能性は低い。
「どうやって探そう、、」
この時間から学校関係の友人をあたるのは難しい。いい案が思いつかない。
悩んでいるところに、
「さちさん、どうしました?」
アインスくんの声が耳に届いた。
「アインス、、くん」
「どうしたんですか?そんなにあわてて」
「大切な友達を探してるの。何処にいるのか分からなくて」
「なるほど」と口にして直ぐ様、メッセージモニターに指を走らせる。
「さちさん、僕に探し人の写真データを送信してください」
わたしは事前に聞いていたアインスくんのアカウントに画像を送信した。
すると、それを受信したアインスくんが何かのメッセージと共に連絡を行なっている。
その内容は、わたしにも共有された。
『緊急依頼。クローンアバター全員、今送信した女学生の人探しを命じる。プレイヤーマップの利用も許可する。見つけ次第、連絡求む。』
連絡を完了させると、アインスくんがわたしに向き直った。
「学生の帰り時間を過ぎている夜間に近い時間なので、比較的早く見つかるでしょう。見つかったら共有連絡があると思うので、僕も探しに行きます」
言うが早いか駆け出した。
あとでちゃんと、お礼をしよう。
わたしも後を追うように自転車に乗って、心当たりを探し始めた。
学校 公園 神社 海
何処にもいない。
普段みんなで行っている場所ではないことになる。少し離れた場所にショッピングモールがあるけど、こんな時間に行くとも思えない。
悩んでいるところにメッセージが届いた。
『女学生の方見つけました。場所は・・』
なるほど、と納得した。
そこは、ハル子が通っているフットサル部の競技場だった。
****
ハル子は、観客席からコートを眺めていた。
「ハル子、、、、」
わたしが後ろから話しかけると、心底驚いた顔をしていた。
「さち!どうしてここが、、」
「人探しが上手な人に助けてもらったの」
ちょっとチートに近い人海戦術だけど、嘘は言ってない。隣に座っても観念したように逃げる様子はなかった。
コートには、現在誰もいない。
仮想空間も夜になると暗くなる為、上空に設置された球体のライトがコートを薄く照らしている。
「ここに通ってる男の子に、告白して貰ったんだ。仲良かったし、嬉しかった。けど、踏み出せなかった」
ハル子は目に涙を浮かべて、膝を抱えて顔をうずめた。
「彼が好きなのは仮想空間のうちだって思うと、現実のうちが彼と一緒にいる姿がちらつくんよ。迷惑をかけたくないって、思えて」
その姿を見て、一言いわずにはいられなかった。
「ハル子は、勘違いしてる」
目を見開いたハル子が私に視線を合わせた。
「迷惑かけていいんだよ」
ハル子の右手を握る。
普段みんなを引っ張ってくれる彼女に、彼女らしく前向きになって欲しいと願いを込めて。
「誰だって、出来ないことあるよ。今日だってわたし1人じゃハル子を見つけられないから、迷惑かけて頼った。でも、それでいいんだよ。出来ないことは頼っていいんだよ」
「でも、でも、なんて言われるか、、」
「もう、あーだこーだ言わない!」
わたしがハル子の口元に人差し指を立てた。
カノンさんは、これはありがた迷惑と言っていたけど、常套だ。わたしは、自分の意思を貫く。
「わたしがマラソンで困った時に手を貸してくれたのは、誰?」
「う、うち?」
「そう、打算があった?」
「そんなこと、考えてないよ」
「勉強で困ったときにハル子を助けたのは誰?」
「さっちん」
「そう、わたしが勉強を教えるのに嫌な顔をしなかったのはどうして?」
「マラソンで困ったときに助けた、から?」
「違うよ。ハル子が困ってたからだよ。助けてくれたから、助けるんじゃない。助けてくれなくても、わたしは助ける。わたしも助けてなくても、助けてもらう」
ニヤリと笑ってみせた。
「ハル子はわたしが助けを求めれば助けてくれるし、ハル子が助けを求めればわたしは助ける。その男の子とも、そんな関係になればいいよ」
「なれなかったら?」
「わたしが一杯慰めてあげる。結局は、現実も仮想空間も本質は変わらない。ぶつかって話をしてみないとわからないと思うよ。相手にだってハル子に言えていないことあるよ。みんな一緒なんだよ」
「そっか、、、そうだよね」
「まー、分かり合えない相手もいるけどね。わたしは、親父とは一生分かり合えない自信ある。堅物、頭でっかち、分からず屋!」
クスクスとハル子が口元をおさえて笑った。
「大丈夫だよ、お父さんともきっといつか」
「だといいけど、ハル子はどうするの?」
「うん、言ってみるよ。うちのこと」
「よし!じゃあ、頑張れ!」
ニヤッと笑った。
「それはそれとして、、」
「ん?」
「余命あと1年ってほんと?」
あー、と視線を逸らした。
上手く煙に巻いたつもりだったけど、そうはいかなかったか。
「うん、残念だけど、ほんと。親父が現実で死んでも、仮想空間の中だけで生きていけるように準備してるらしいけど、それを承諾するかは検討中、って感じか、、な」
そこまで言ったところでハル子が、号泣しながらわたしにしがみついてきた。
「いやぁ、、嫌だ死なないで、、、」
改めて、わたしの口から聞いたことで感情が決壊したようだ。しばらくそのまま、ハル子を宥めて落ち着いたところで、わたしからハル子が離れた。
「ごめん、、」
「いやまあ、わたしもつたえて無かったし」
お互いに謝罪をして、手を取り合った。
「うち、さっちんに会いに行く。現実で会いに行くよ。お金貯めて。それで一杯お話ししよう」
「うん」と返事をして、2人で約束を交わした。
そうして、2人にとって特別な日は終わりを告げた。
**3日後**
「おはよー」
いつも通りに学校の教室へ足を運ぶと、再び教室がざわついているのが分かった。中心にはハル子がいる。なんとなく察しが付いていたので、また近くにいた女の子に「どうしたの?」と聞いてみた。
「あのねあのね、」
「うんうん」
「ハル子ちゃん、告白を断ったらしいよ」
衝撃の話で思わずむせそうになった。
「こ、断った・・・、そうなんだ。ありがとう」
教室を見渡すと、笑顔のハル子がそこにいた。
「ヤッホ、さっちん」
「この前の話の流れから、どうしてこうなったのか説明もとむ」
「いや、なんかねぇ。話をしてると、相手が北海道の人で将来を見据えると遠距離だけどしようがないかなとか思ってたら、なんかうちが会いに行く前提みたいな話し方をしてきてさー。なんか、一気に冷めちゃって」
てへ、と舌を出すハル子。
「うちには、さっちんがいるから、もうさっちん一筋でええわと思って」
ぎゅっとハル子が抱きついてくるのを引き剥がしにかかるも、周りからきゃーと黄色い悲鳴が上がる。
「告白を断ったのって、そういうことだったの」
「もう、それならそうと言ってくれたらよかったのに」
と、周りから囃し立てる声が上がる。
はぁ、とわたしの口から溢れるため息もわたしたち以外には聞こえなかっただろう。
ま、いいかとハル子の満面の笑みをみるとそう思えた。
****
後日、ABCカフェのマスターとアインスくんには改めて謝罪とお礼をした。
ことの顛末を聞いた2人は、お疲れ様、と労いの言葉をくれた。
そして、わたしは今後の方針を考えるのにあたってハル子から助言をもらった。
「ミライカナイの占い師さんいい人だったよ。今回も『自分が最も大切に思う人を選びなさい』って言われたし、さっちんも話を聞いてもらったら、どうかな?」
占い師の腕はどうであれ、何かきっかけになればいいなと思った。
「ありがと、行ってみるよ。占い師の人の名前は?あとでワールドコードを送って」
「おっけい、名前は『コウ』さんだよ」
ハル子の言葉に心がヒヤリと冷たくなるのを感じた。その名前は、母と同名だった。
わたしを捨てた母と。
あ、今のわたしの顔、ハル子には見せられないな。わたしの心に巣食う闇が顔を覗かせるのを感じた。
ニライカナイでそんな闇と対峙することになることを、このときのわたしに知る由もなかった。
第8話へ
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