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「World Is Myself」第12話(第4章)

**第4幕**

「私は、自分のことを名前以外覚えていないの」

 女性はそう確かにそう口にした。
 女性の申し訳なさそうな表情を目にしながらも、わたしの胸中が荒れるのを感じる。

 足元から力が抜けて一歩後ろに下がった。

 母本人だからと言って、何か話をできると思っていたわけでもない。それでも、何も覚えていないと言われるのはきつかった。

「わたしのこと、全く身に覚えがないですか?」
「ごめんなさい、初対面だと思ってるわ」
「そうですか……」

 わたしがよほど、落ち込んだ顔をしていたのだろう。女性はニコリと笑いかけてくれた。

「そんなに、落ち込まないで。まだ、自己紹介もしてないのだから。これからお互いのことを知ればいいわ」
「すみません、確かに初対面で失礼しました。わたしはさちといいます。彼女はスノウです」

 スノウちゃんがペコリと丁寧に頭を下げた。

 言動や雰囲気は母と似ていないけれど、確かにその姿は母そのもので優しさが心にじんわりと沁みた。

「ご丁寧にありがとう。私はコウです。お二人のことを聞く前に、私のことをまずは話してもいいかしら?」

 わたしが首を上下に振って応えると、ありがとうと感謝の言葉をコウさんが口にした。

「さっきも話をしたけど、私は一度記憶を失って自分のことが分かっていないの。私の記憶があるのは、5年ほど前からよ。気づいたら街中に立ってたのよ。文字通り、直立不動でね。左右を見ても、場所も人も見当つかないしビックリしたわ」

 あっけらかんと話す姿は、楽しそうだ。

「だけど、それはそれとして受け入れようって決めたの。とりあえず、分からないことばかりなら分かることを増やしてから考えようってね。だから、それからこのワールドを巡って情報を集めて、占い師を始めた。この場所もその中で見つけたの。このワールドの5箇所の何処かを入り口にすることが出来るから、隠れ家のように使えるから楽しかったわ」
「結構お茶目なんですね」
「私、人が一杯来るのは苦手なのよ。だから、場所は特定せずに1人ずつ来られるようにしたの」
「なんとなく、分かります」
「気が合うわね」

 コウさんがクスクスと笑みを浮かべた。
 自然とこちらの緊張もほぐれてきて、話しをもっとしたくなる不思議な雰囲気を持った人だった。

「そんなわけで紆余曲折を経て今があるってところかしらね」
「ザックリとまとめましたね…」
「おばさんの苦労話を細かく聞いても、つまらないでしょ」
「そんなことは……」

 ぺし、と優しいデコピンをコウさんにされた。

「気を使わなくていいから。さちさんも目的があってここに来たのでしょう。貴方のことを聞かせて」

 デコを軽くさすりながら、わたしは諦めて話すことにした。

「分かりました。わたしはアイランドというワールドのアイランドセントラル学園に通う15歳の学生です。現実では心臓の病気で余命が1年もない状態です」
「それは、大変な思いをしているのね」
「いえ、それでも父からこのまま病気で死なずに、仮想空間で生涯を終える道を示してもらって選択で悩んでいるところなんです」
「どちらにしても、貴方にとって大きな問題ね」
「そうですね、それでも選択肢があるだけマシなんだと思っています」

 この言葉は本心だ。
 親父には言えていないが、今回の提案に対して感謝している部分も少なからずある。

「色々と悩んでいる中で、学園の友人があなたに会いに行ったと聞きました。それでわたしの答えを探すのに何か鍵になるんじゃないかと思ったのと、純粋にコウさんが母かと思いまして……」
「そのことはごめんね。学生ってことはハル子ちゃんの友達?」
「あ、そうです」
「なるほど、ハル子ちゃんの友達か。あの子はその後元気にしてる?」
「はい、凄く元気にしてますよ。つきものが落ちたかのように」
「それは息災で何よりだ。じゃあ、さちさんはこれからのことを知りたいってことかな。スノウさんのほうはどう?」

 話を静観していたスノウちゃんが青い瞳でコウさんを見つめた後、静かに口を開いた。

「私はただの付き添いですので、さち様の目的が達成されたらそれでいいです」
「あら、優しいのね」
「いえ、さち様の願いが叶うことがわたしの望みです」
「スノウちゃん、なんか恥ずかしい」

 真顔で言い放つスノウちゃんの迷いのない言葉にわたしは、嬉しいけど恥ずかしくもなった。

「仲がいいのね。素敵だわ」
「なんか、ここまで言ってもらうと。わたしが申し訳なくなっちゃうなぁ」
「さち様がそのような感情をもつ必要はありません。あくまで私個人の問題です」
「いや、まあ、そう言われてもね」

 スノウちゃんがよく分からないと言った表情を見せた。首を軽く傾けてキラリと光る青い瞳がまるで人形を連想させて、とても可愛らしく見えた。

 思わず抱きしめたくなってしまう。

「じゃあ、さちちゃんだけでいいっていうことかな?」
「そ、そうですね」

 危ない危ない、なんとか理性で保った。
 後で、撫で撫でさせてもらうことにしよう。

「2人の考えは分かったわ、じゃあさちちゃんの未来を見せてもらおうかしら。手を握ってくれる?」

 コウさんはつけていた手袋を外し、右手をわたしに差し出してきた。

「その手を握ればいいんですか?」
「ええ、私は素手で相手の手を握ることでその人の未来に起こり得る可能性の1つを見せることが出来るの。あくまで、可能性だから外れることもあるわ」

 仕組みはさっぱりなのでとりあえず、手を握ることにしよう。

 わたしは差し伸べられた手をギュッと握った。そして、しばらく手を握ると視界がぶれて自然と目の前にイメージが流れてきた。

 それは断片的なものだった。
 1つはわたしに似ている顔の女性と2人で高そうな調度品のある客間のような場所で話をしている。女性の話を聞いているわたしは、どこか悲しそうだ。
 刹那にわたしの声が聞こえた。
『わたしはあなたを認めない……。認めてしまったら…』
 そこでプチりとシーンが途切れた。

 次はわたしがシスターに何かを詰め寄っている姿。切羽詰まったような雰囲気を感じる。わたしは、大粒の涙を落として弱々しくシスターの胸を叩く。その姿に胸が締め付けられる思いがする。
『ちゃんと言ってよ!シスターの口から聞きたい!お願い…』
 そこで再びシーンが途切れた。

 最後はわたしの家の前だ。
 大きくて厳かな雰囲気の趣のある2階建てで奥行きがあり20部屋はある広い家、バスケットコートほど広い庭、花壇、入り口に父の趣味の2体のシーサー。
 外に出られないわたしは、しばらく目にしていなかった光景だ。
 そこで呆然と立ちすくんでいた。
『そっか……、やっと分かったよ。わたしが家から出られなかった本当の理由が…』

 ここまで見たところで、パチリとイメージが消えてわたしの手を握るコウさんがわたしの瞳に映った。

「コウさん……、今のは?」
「さちさんの身にこれから起こるかもしれない未来の断片よ。でも、ツギハギだったわね。他の子はもう少しはっきりと見えるのだけど」
「今のが」
「全体的に気になる点が多かったけれど、さちさんの言っていたご自身に似ている女性と対面している姿があったわね」
「はい、もしかしたら近い将来出会うことがあるかもしれないですね」
「ええ、時系列に並んでいるはずだから最初に来るはずよ」
「分かりました」

 ここまで話を進めたところでスノウちゃんがちらりとコチラを見ているのが目に入った。真顔だけれど、所作から気にしているのが分かる。

 わたしが見た3つの光景について、かいつまんでスノウちゃんに説明した。どれも断片的で細かい説明は出来なかったけど、イメージは伝わったみたいだった。

「結局、どうすればいいのかまでは分からなかったなぁ」
「それなら、居住エリアに向かってみてはどうかしら?」

 「居住エリアに?」と、わたしは首を傾け、おうむ返しで聞き返した。

「ええ、あの内装からお店には見えなかったし、このワールドで会うなら家である可能性が高いわ」
「なるほど、そうかもしれないですね」

 コウさんの言葉に納得し、わたしもその方針でいこうと考えた。

「さち様」
「うん、シスターにも相談しないとね」

 スノウちゃんが発したのは一言だったけど、意図は伝わった。
『娯楽エリアを離れるのは、約束をたがえることになるが、大丈夫か』ということだろう。

 確認するつもりだけど、止められたところで行かないということはない。ここまで来たんだ、前に進みたい。

「よし、コウさんありがとう」

 わたしはコウさんに笑顔をみせて、お礼の言葉を口にした。

「どういたしまして、それで居住エリアに行く当てはあるの?」
「今のところは、ないですね」
「大丈夫?よければ、相談できそうな人を紹介するけど」
「え、コウさんって交友関係あるんですね」

 わたしの言葉を聞いたコウさんがわたしの頭にチョップをした。

「私をここに引きこもってる根暗な人と勘違いしてないか。そりゃ交友関係の1人や2人や3人くらいいるよ」
「あ、3人しかいないんですね」

 追撃のチョップを受けた。
 痛くないけど、なんとなくわたしは自分のデコを撫でた。
 コウさんは先ほど外した手袋を再度つけて、わたしたちの背後にある扉へと足を運んだ。

 コンコンと扉を叩くと、再び自動的に開扉された。
 入室した時と同様に身体が扉の中へ引き寄せられて薄暗い滑り台のような坂を滑り降りると、再び大きな木の下に飛び出した。

「と、と、と、と、……いたた」

 わたしは着地に失敗して尻餅をついた。
 スノウちゃんとコウさんは、上手に着地したようだ。

「ここは元の場所みたいだね」

 辺りを見渡すと、変わらない山の中の開けた景色が広がっている。少し離れた位置に、赤いバックパックを背負った歌絵さんが絵を描いて鼻歌を歌っていた。

「歌絵さーん、戻ってきましたよ」

 手を振って声をかけると、歌絵さんがこちらを振り返り、ニコリと微笑みかけた。

「さちさん、ヤッホ!おっかえりなさーい!なんかいいことありましたー?お、コウさんもいるじゃん、乙乙です!」

 元気いっぱいに手を振る歌絵さんは楽しげだった。わたしはというと、とても元気がでる心境ではなかった。

 考えてもしょうがない事が多いけど、思考の端をノイズのようにチラついて不快な余韻を残していく。
 戻らなかったシスターのことも気になる。

 わたしは不安を抱えながらも、前に進むことにした。

13話に続く

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