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「World Is Myself」第13話(第4章)

**第5幕**

 風を切る音、水を弾く音が入り混じった音が耳に届いた。雑音とは違って、自然の音は耳障りがいいので心地よく聞こえる。

 左右を見渡すと、並んでいる木々が残像を残して視界から消えていて、自然と遠くに見える景色に視線を送ってみるが、特に目的もなければ思うこともない。

 視線をバイクに戻すとモニターに目的地まではあと90分はかかる想定となっている。このまま、黙ってバイクの動きに身を任せているつもりだった。そんなときに、

「おかーをこーえーゆこーよー!くちーぶえーふきピューピュー」

 わたしの背後から楽しげな歌声が響いている。2人乗りで後部座席に座る歌絵さんがわたしの腰に手を回して、身体を左右に揺らしている。ピューピューの部分を口を尖らせて鳴らす音は、鳥の鳴き声のように澄んだ耳触りのいい音だった。

「口笛、上手ですね」

 背後の歌絵さんにわたしは、少し首を傾けて声をかけた。

「うふふー、一杯練習したんですよー」

 得意げに語る歌絵さんは、にんまりと口角を釣り上げて嬉しそうだ。

「今度、わたしにも教えてください」
「いつでも、いいですよー。さちさんとは、もっと仲良くなりたいですし」
「そう言ってもらえると嬉しいな」

 思わずわたしの表情が崩れた。
 わたしの周りは、直接的な好意の言葉を言ってくれる人が多すぎる。
 悩みも自然と忘れてしまいそうになる。

「さちさんは、自分のことをもちっと高く評価していいと思いますよ。少なくとも、ここにいるみーんなさちさんの為に行動しているんですから」
「ん、ありがとう。歌絵さん」
「いーえ、歌絵でいいですよ」
「じゃあ、わたしもさちで」
「ふふ、じゃあ、遠慮なく、さち、と呼びますね」

 2人で笑い合って、自然と心が軽くなるのを感じた。そんな折、目の前のモニターが唐突にマップから通信モニターに切り替わった。

『そこでいちゃついてるお二人さん。念の為にこれからの動きをおさらいしておくよ』

 自動運転で走るバイクのモニターに、無表情だが何処か不満そうなスノウちゃんとやれやれといった様子で困り顔のコウさんの顔が映し出された。

「はい、よろしくお願いします」
『まず今向かっているのは、マップの左下のショッピング区画にある朝日という飲食店だ。現在はマップ北の山の裏を川下りで山を降っているから、後70分くらいで着くと思う。そこにいるカイさんを今回紹介する。失礼がないようにね。エリア管理をしている結構偉い人だから』
「分かりました」
『カイさんの権限で無事に居住エリアに入れることになったら、確かシスターさんだっけ?その人と話して先に進む、ってことでいいかな?娯楽エリアから居住エリアへの扉の前までは私も案内するから』
「はい、十分です。ありがとうございます」

 結局、シスターは現れなかったのでメッセージだけ送って移動することにした。コウさんに協力して貰う以上どうしても順番は逆になるけど、後からでも大丈夫だろうと判断した。

 シスターはなんだかんだ言って折れてくれるはずだ。

『じゃあ、もうちょっと長旅になるけど、また何かあれば通信しましょう』
「分かりました」

 モニターの映像が消えて、元のマップに戻った。なんだかんだそろそろ山から降りそうだ。

「そーいえば、さちは未来を見た結果どうでした?その結果で向かってるわけですけど」
「あー、えと、」
「ふむふむ、良かったとは言えそうにないですね。さちにとってはバッドフューチャーといったところでしょうか?」
「……」
「ま、そういうこともありますよねー。でも、捉え方次第で変わるかもしれないですよ」
「捉え方?」

 バイクの川下りが終わり、山を降りてそのまま街の川につながっているので引き続き、走り続ける。バシャバシャと響く音を耳にしながら、歌絵の言葉を待った。

「うん、たとえば、誰かに裏切られるような未来だったとして相手がそれを率先してやったのか、悩み抜いたうえでどうしようもなくやったのかなんて私達には分からないですよね?」
「うん」
「じゃあ、相手がどうしようもない状況だとしたら事前にどうにか出来るかもしれないですよ」
「そう…だね」
「モノの例えだからその通りはならないかもですが、分からないなら都合よく解釈すると未来がかもしれません」
「でも、そう簡単に割り切れないよ」
「さちは、真面目ですね。でも、頭が固いともいう」
「それは……、まあ、理解してる」

 ストレートに言われると、思わずちょっとムッとしてしまう。クスクスと歌絵が笑った。

「あはは、ごめんなさい。お詫びに私が見た未来を教えてあげます。私は、沢山の人に看取られながら死ぬ未来でした。多分、年齢は30代前半くらいかな」
「そんなに早く……」
「そ、やっぱりそういう反応になりますよね。でも、私は嬉しかったんです。だって、私が満足そうな表情してたし、沢山の人の記憶に私を残すことが出来ていたから」
「沢山の人の、記憶…」
「そう。さち、私たちは繋がりで生きているんですよ。1人1人の人生なんてちっぽけだから、誰かに自分が残した足跡の続きを歩いて貰って、その人の人生に自分の足跡が繋がるです」
「難しいこと考えてるんだね」
「そうでしょうか、とってもシンプルですよ!私たちの人生は、別々じゃなくてみんなで一つ、全て繋がってると考えてください」
「え??」
「つまりですね。私たちがいるから世界が存在するし、世界があるから私たちがいる。私たちはみんなで1つ」

「『世界は私たち自身』ってことです。これが世界の真理」

 ビシッと答えを言い放つ歌絵は満足そうで
どこか誇らしげでもあった。わたしも歌絵が言いたいことが伝わってきた。彼女が自分の死ぬ未来でも、嬉しかったのもなんとなくうなづけた。

「さちを待ってる未来は、恐ろしいものかもしれない。でも、1人じゃないですよ。大丈夫」
「うん、ありがとう」

 まだ、不安は残るけどそれでも前に進むことに迷いは無くなった。

 気付くと、目的地に近づいていた。
 わたしたちは自然と周辺を確認し、上陸できる場所を探していた。

****

 水路を走るという行為は、よく考えられているなと思った。バイクのオート制御による非接触の仕組みとも相まって歩行者も走行車とも全く接触をすることがない。

 一見して遠いはずの距離も気づけば最短距離で到着していた。

 現在地はニライカナイ、娯楽エリアの南西にあるショッピング区画だ。

 ここでは文字通り、買い物をしたり食事を取ったりして楽しむことができるいわばモール街のようにお店が立ち並んでいる場所だ。

 町全体が西洋をイメージしたレンガ作りでありながら独自のアレンジを加えられている。

 それがモールの中心に横幅がバイク2台分ほどの水路が伸びているのと、水路が2階まで繋がっており、全ての移動をバイクで行うことができることだ。

 水による湿気を気にする必要がないのが、仮想空間の特徴と言えるだろう。

 なので、わたしたちも目的のお店までバイクを走らせてモール街の真ん中から辺りを眺めていた。

 ワールドインを行った地点も活気が溢れていたが、こちらも負けず劣らずに人通りが多い。

 加えて、何処となく富裕層が多い印象を受けた。身に纏っている衣服や雰囲気から、裕福な人がもつ余裕のようなものを感じる。

 そして、2階の少し奥まった場所にある真っ白な暖簾が下がっているお店の前でバイクが停車した。

 降りてバイクを収納すると、ほぼ同タイミングで到着したスノウちゃんとコウさんも同様に降りてきた。

「お疲れ様、ようやく到着したわね」

 んー、と、身体を伸ばしながらコウさんが口にした。

「久々に、長旅だったわ。さて、ここのお店で働いているのが私の知り合いで居住エリアの管理をしている人よ。彼なら、居住エリアへの移動権限をいただけるはずだから、お願いしましょう」
「はい、よろしくお願いします」

 わたしが返事をすると、コウさんを先頭にお店の中へと足を踏み入れた。

 内装は、イメージ通りの和風でカウンターや掘りごたつの座敷があり、壁には掛け軸や風景画などが飾られている。

 パッと見てお客はおらず閑散としている。食事する時間とは少しずれているからかもしれないが、人気をあまり感じない。

「カイさん!いらっしゃいますか?」

 コウさんが言葉を投げかけると、しばらくした後に中から1人のガタイの良い緑色の着物に袖を通した少し強面な感じの良い男性が現れた。

 男性はコウさんを見るなり、おお、と意外そうな声を上げた。

「久しぶりやないか、コウさん!しばらく顔見らんかったから、どっかでぶっ倒れてないか心配しとったんじゃ」

 ははは、と大声で笑うカイさんと呼ばれた人物はとても嬉しそうだ。両の腕を袖に入れて仁王立ちしているポーズがよく似合っている。

「貴方の私に対するイメージがよく分かりました……!そのことは後ほど追求するとして、本日はお願いがあってきました。この子達に居住エリアへの入場許可を与えてくれないかしら?」

「ほー」と、カイさんが声を上げた。

「よろしくお願いします」と、わたしを合わせて頭を下げる。

「そいつはまた、珍しい相談に来たね。目的は?」
「この子に会いたい人がいるんだ」
「呼べばいいのではないのか?」
「容姿しかわからないの、直接会って確かめたいからどうにかできないかしら」
「そういうことか」

 カイさんは、チラリとわたしに視線を送った後に小さくため息をついた。

「残念だが、君たちのお願いを聞くことはできない」
「な……」

 コウさんの息を呑む声が聞こえた。

「どうしてですか」

 私も狼狽えて聞かずにいられなかった。

「それは彼女に聞いてもらったほうがいいかもしれないな」

 その言葉と共に奥から1人の女性が姿を現した。
 特徴的な金髪長身に修道服姿の女性。
 わたしの知る限り、そんな姿のアバターをしている人物は1人しかいない。

「どうして、あなたがここにいるの?シスター」

 わたしの目に映るのは、現実なのか疑いたくなる。
 だって、その人物はわたしの絶対的な味方のはずだ。いつだって、わたしを信じてくれる存在だった。

「わかるだろ、あんた達をこの娯楽エリアから出さないためだ。そういう約束だったろ」
「嫌だ、わたしは居住エリアへ進む」
「なんの為だ。さちの最終的な目標は、答えを出すことだろう。なら、どうして、わざわざこんな面倒なことをする必要がある。このワールドじゃなくても果たせるだろ」
「心にしこりを残したくない」
「そんなわがままなら、聞けない」
「これまでもそうだったよ。わたしのわがままだった。でも、一緒についてきてくれた」
「今回は……ダメだ」
「シスター、わたしは、気になることも禍根も残して、後悔をしたくないんだ。お願い」

 数秒、考える間が生まれた。
 それでも、シスターが考えを変えることはなかった。

「ダメだ、カイには私から決して居住エリアへの入場許可を与えないようにお願いした。諦めろ」

 シスターが踵を返して話は終わりと中に戻っていった。
 残されたのは、わたしたちとカイさんだけだ。
 カイさんは、腕組みをしたまま、こちらへと向き直った。

「というわけなんだ、君たちよりも彼女が先に来てお願いされた。加えて、彼女には借りがあってね。コウさんとも、親しくさせてもらっている中ではあるけど、今回は彼女を優先させてもらうことにした。申し訳ないが、お引き取り願いたい」

 言葉を失っているわたしをスノウちゃんと歌絵が手を引いてくれた。
 視界の端でカイさんがコウさんに何かを手渡し、会話しているのが見えたが、今のわたしに考える余力は残っていなかった。

****

「さてー、どうしましょうかね」

 歌絵の声が右隣から耳に入ってきた。
 聞こえてはいるのだが、思考停止状態のわたしは返事をすることができなかった。わたし達が今いる場所は、元のショッピング区画の噴水広場だ。

 ひとまずそこでスノウちゃんとわたしと歌絵の3人で腰を下ろしていた。コウさんは、少し席を外すと言って、この場を離れている。

 通常考えれば、別な方法を模索して先に進もうとするべきだろう。
 そう分かっているのだけど……。
 ふと、頬を誰かの両手で挟まれて俯いていた顔が無理やり正面を向かされた。そこには、スノウちゃんの顔があった。
 相変わらずの無表情で笑顔を見せてくれることはないけれど、少し悔しそうな感情が見えた気がした。

「さち様、否定されても前に進むのではなかったのですか?」
「スノウちゃん」
「私は貴方がやりたいことに従います。でも、それは貴方の望みであって欲しいと思っています。だから、例えそれが、誰かに否定されたことであっても、間違いだとしても、私は貴方の望みであればどこまででもついていきます」
「どうして、そこまでしてくれるの…?」
「それが私の感情だからです。貴方が教えてくれました」
「……ありがとう」

 改めて、わたしが1人でここにいるのではないと気づかせてくれた。
 シスターの考えは理解できないし、今はわたしの思いの通りにさせてくれないこともわかった。でも、諦めるのは早い。
 わたしは、わたしのやりたいことをやるんだ。

「そーですよ、さち。私も一緒に考えます」

 歌絵がわたしの手を握って笑顔を見せてくれた。

「2人ともありがとね。よし、もう一度調べてみよう!」

 3人で心を一つにしているところに、

「あらあら、私を仲間はずれにされると悲しいわ」

 コウさんが戻ってきた。

「ごめんなさい、つい勢いで」
「いいえ、元気になったみたいで良かったわ。ちょうど情報が入ったから、話しておくわね」

 コウさんが私たちの前で手のひらを広げてそこには居住エリアへの入室方法と書かれた画面を表示させた。

「居住エリアへの入室については、3つのやり方があるらしいわ。1つは住居を購入すること。これは、現実的に無理ね。人気すぎて新規住居は予約が一杯でキャンセル待ちの状態だから。次点が管理者の許可を得る。これもダメになったから最後が、居住者の承諾を得る。これしかないわね」
「ちなみにですが、コウさんと歌絵にあてとかは……?」
「……」

 2人とも黙ってしまった。

「すみません」
「いいのよ、正直住居に住んてる人って少数派な上に自分から口にしたりしないから仲良くなるのは中々難しいのよね」
「私はそんなこと考えたこともなかったのでー」
「じゃあ、まずは居住エリアの人と知り合うところからですね。人が集まりそうな場所をいってみよう」

 うん、と4人でうなづいてバイクを手持ち画面から取り出そうとしたとき、

「おやおやおや、お困りみたいだねぇ。手伝ってあげようか?」

 背後から突如話しかけられた。
 気を抜いていた。だって、物事は順序どおりに進むと思っていたから。

 ましてや上手くいかなかった直後だ。

 今、わたしの視界に入っているものを正しく認識できているのかを疑いたくなった。わたしの目の前にいる人物は、わたしの面影を残した瞳、口、鼻の高さ、わたしが実は気にしている目の下の小さな傷、髪の長さは伸びて肩口まである。

 同じではない、一緒ではない、けれど、別人ではないとわたしが感じてしまっている。

 黒の革ジャンにジーパン、その服装はまるでお姉ちゃんのようだった。わたしは、ようやく言葉を紡げた。

「あなたは誰?」

 ん、と一瞬キョトンとした表情を見せた後にははは、と笑った。

「面白いことを聞くねぇ」

 その笑った姿はいつぞや写真で見た、

「わたしは、貴方だよ」 

 わたしそのものの表情をしていた。

 14話に続く

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