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「World Is Myself」第4話(第2章)

**第3幕**

 仮想空間での痛覚について、正確な数字はあくまで仮説だが、約5分の1と言われていて死んでしまうような痛みは発生しないように上限が調整されていると聞いたことがある。

 その分、衝撃が強くかかるようになっていて、派手な見た目ほどの痛みはないので仮に数メートル近く人の体が飛んだとしても、身体的なダメージはそれほどではないはずだ。

 どうしてそんなことをわざわざ思い出しているかといえば、目の前で吹っ飛んだ来栖さんも大丈夫だろうと思いたかったからだ。

 カノンさんの右ストレートが直撃した来栖さんは、驚きもあるのか数メートル先に吹っ飛んで起き上がっていない。

「ほら、来栖、起きて!まだ終わってないよ」

 カノンさんが煽るように声を出して、観客が呼応して声をあげる。
 その声を聞いて、来栖さんが起き上がると勢いよくカノンさんの元に向かっていき、拳を振り上げて、途中で止めた。
 けれど、その拳に向かってカノンさんが頭突きをする。
 反動で後ろに倒れ込みそうになる来栖さんにカノンさんが言い放つ。

「真面目にやって。これはゲームなんだから、私を攻撃して」
「できない、僕は花音に伝えたいことがあるだけだ。だから・・」
「なら、そのこぶしに乗せて言ったらいいじゃない!こんな風に・・」

 ふー、っと息を整えてカノンさんが真っ直ぐに右の拳を突き出した。
 脇を締めて、キレイなフォームで拳を突き出していることから、普段から何か格闘技をやっているのかもしれない。
 攻撃と共に、カノンさんの声が響く。

「来栖なんて大っ嫌いだー!」

 ギリギリで来栖さんが避けた。
 続けて、右を戻しつつ渾身の左の拳を突き出す。
 カノンさんの目に涙が溢れてきているように見える。

「私をいつも不安にさせる!」

 今度は右手で受け止めるが、弾かれてよろけた。
 それを見たカノンさんが飛び上がって、蹴りを入れる。

「どうして、私だけを好きって言ってくれないの!?」

 残って左手で受け止めるも、後ろに勢いよく下がった。

「私ばっかり、言葉に出して、馬鹿みたいじゃん・・・」

 瞳から涙をこぼすカノンさんに、周りの観客が来栖さんにブーイングを行い始めた。

「おーーーと、これは飛び入りの来栖選手に野次が飛び始める。歌姫の悲痛な思いに女性陣から、批判の言葉が飛んでいるぞー。さあ、来栖選手どう応える」

 これまで一貫して、防御に徹して何も言ってこなかった来栖さんが言葉を発した。

「僕は恋愛は苦手だ。想いを言葉にすることが苦手だ。君のように歌にすることもできない。だから、、、恋愛をやめる」

 ガヤガヤと周りから声が上がる。
 来栖さんがカノンさんの前で手のひらを前に出すと、そこに小さな箱が収まった

「僕の人生は、きみがいたからここまでこれた。これからもずっと、きみと一緒に生きていきたい。花音、僕と結婚してくれ」

 その場の空気が、時が止まったかのように、しんと静まりかえった。
 来栖さんの言葉は、何度も考えてきたものだと分かるほど、ハッキリと気持ちが伝わってきてあとはカノンさん次第だ。
 みんなが見守る中、カノンさんが言葉を紡いだ。

「わたしが来栖に恋したのは、18年前。それから1度もその想いが変わったことはない。これまでも、そしてこれからも死ぬまで一緒にいる。さっきの言葉、取り消しなんてさせないんだから」

 カノンさんの表情に笑顔が戻った。
 周囲から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「なんとー、飛び入り参加の2人は恋人同士でしかも公開プロポーズ!その1人が本日の主役の歌姫なんて、ビックリとショックで俺っちぶっ倒れそうだぜー!でも、幸せなら、OKだー!」

 実況もテンション上げ上げだ。
 ゲームのほうは、タイムアップで両者負けになってるけど、これはどうみても両者勝ちだろう。

 安心して天を仰ぐように顔を上げると、そこにはどこまでも続く青空があった。

「雪ちゃん、元気かな」

 かつて一緒に現実世界の空を仰いだ友だちのことを思い出した。
 あの時、感じた眩しさや暑さ、草木が枯れたような匂いを今は感じることができない。

***

 その後、当日の主役と管理者が揃って不在だったことから、見つかった2人は怒られながら連れていかれた。

 わたしたちは、その姿を黙って見送り、また3人で集まった。

「さて、改めて私たちも見て回るか」

 シスターの言葉でスノウちゃんと3人で歩き始めた。ライブまで時間があるので、改めて散策する。

 バタバタとカノンさんを探し回っていたので改めて周りをみると、宙に浮かぶモニターや空を走る列車などお祭り騒ぎでみんな楽しそうだ。

「ここは、さちがイメージする未来の1つの答えなんじゃないか?」

 シスターがわたしに周りに視線を送りながらいった。

「仮想空間にいながら、現実と同じ空間を共有できるこの場所は理想ともいえると思うけど」

「そう、、ですね、でも、理想とは違うと思います」
「へえ、そうなのか」
「うん、だって現実はこんなに楽しいことばかりじゃないから。ここは、現実と繋がってはいるけど、現実じゃない。似ているだけの違う場所だよ」

はっきりと答えるわたしの言葉を聞いて、シスターが安心したような顔をした。

「そうか、なら、まだ答え探さないとな」
「うん、よろしくね」

わたしが笑顔で答えると、

「話しはまとまりましたか?それでは、私はクレープが食べたいです」

 と、手を引いてスノウちゃんが前を歩き始めた。それから、クレープや綿菓子などの食べ歩きから遊び歩いて夜はカノンさんのライブで人生で1番感情を爆発させて盛り上がった。

 幸せな1日が終わりを告げる、、筈だった。

「それで、どうしてこーなってんですかー?」

 岩でできた露天風呂で、上半身の冷たさと下半身の暖かさが絶妙な気持ちよさを生み出している。

 人生で初めてかつ仮想空間で初めて入る温泉は、存外に気持ち良くて力が抜けた。

 そこには、わたしとシスターとスノウちゃん、そしてカノンさんがいる。

 ライブが終わった後、当初はそのまま解散する予定だったけど、来栖さんの計らいでワンダーランドに併設されているホテルに泊まることになった。

 急遽決まったので一度ログアウトして、書き置きをしてから帰ってきた。

「私がね、もっとさちちゃんと話をしたかったから来栖にお願いしたの」

 バシャバシャと温泉の中ではしゃぎながら抱きついてきた。大好きなカノンさんに抱きつかれてドキドキしてしまう。

 隣でみてるスノウちゃんが、どこかムッとしているようにみえる。その姿をみたカノンさんが、わたしたちから距離少しとって頭を下げた。

「改めて、今日は本当にごめんなさい。私の勘違いでみなさんに迷惑をかけました」
「というよりも、来栖の馬鹿の余計な一言のせいだろ。スノウは少しヤキモチを妬いてるだけだよ」

 ぷいっとスノウちゃんがそっぽを向いた。

「はは、スノウちゃん、心配かけてごめんね」

 スノウちゃんの手を握って、頭を下げた。

「あまり、無茶をしないでください」

 スノウちゃんが心配そうに眉間に皺を寄せた。心から心配してくれたんだな、理解した。

「うん、ごめんね。でも、困ってる人がいたら助けると思う。それだけは、絶対に」

 スノウちゃんが諦めたようにうなづいた。

「さち様の性格は、よくわかりました。私がいつでも、あなたを助けます。さち様が答えを出すまで付いていきます。友だち、ですから」

 表情は変わっていないのに、どこか恥ずかしそうにしている。頬が紅潮しているのも、温泉のせいだけではないと思う。

「スノウちゃん、ありがと」

 また、少しスノウちゃんのことが分かった気がして嬉しかった。

「2人の関係が羨ましいな、私とも友だちになってくれる?」

 カノンさんの言葉にわたしは、首を縦にふって応えた。わたしの周りには、こんなにもわたしのことを思ってくれる人がいる。

 そのことを感じることができてよかった。

 ***

「今日は、迷惑かけて、恥ずかしい姿まで晒してしまって申し訳ない」

 今日何度目かになる謝罪とお辞儀を受けた。
 こんなに何度も、となると恐縮してしまう。

「もう、いいですよ。結果的に、ライブは大成功でわたしは幸せな時間を過ごせましたから。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう。きみは大人だね、改めて自分が恥ずかしくなる」

 来栖さんはそういって頭をかいた。

 今いるのは、ホテルのロビー。
 入り口には煌びやかに装飾が施された龍をかたどった置物があり、フロントは全て人型のロボットがやりとりしてくれる。
 4人がけのソファが3つほど備え付けられている。

 部屋は女性部屋なので、来栖さんとカノンさんから、改めて話しがしたいと申し出を受けてここで会うことにした。

「来栖は、大人にならなくていいよ。そのほうが私は安心する♪」
「それは駄目だろう、、」

 2人が楽しそうに話しをする姿が嬉しい。

「それで話ってなんですか?」
「ああ、ごめんごめん。シスターからきみの境遇を聞いてね、何か力になりたいと思ったんだ。僕たちが力になれる事があればだけど」
「それは、すごく嬉しいです。ありがとうございます。じゃあ、ひとつ聞きたいことがあります。おふたりにとって、『生きる』とはなんですか?」

 2人は顔を見合わせて、ニコリと笑った。
 そして来栖さんが、

「花音と、大切な人と共にいることかな。僕らは共にいるから、ここまで来れた」

 その言葉にカノンさんも幸せそうな笑みを浮かべた。2人は互いがいることで幸せを感じることが出来るんだ。

「素敵です。なら、もうカノンさんが悲しむようなことしないでくださいね」
「耳が痛いな、気をつけるよ」

来栖さんが苦笑いした。
こうしてわたしのワンダーランドでのできごとは静かに終わりを告げた。

大切な人がいる幸せ。
それを知ることが出来た。

わたしが、答えを見つけるための最初の出会いだった。

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