「World is Myself」 Side Story 〜歌絵&淳〜5

**第6話**

 年季の入った屋根瓦の2階立て住宅の縁側に、小学生の少年と50代の堀が深い顔の初老の男性が2人並んで座っていた。一見して、微笑ましい親子もしくは祖父と孫の姿に見えなくもないが、その会話は、一風変わったものだった。

「叔父さん、ちょっと総理大臣になってよ」
「おお、息子よ。とうとう、言動だけではなく頭までおかしくなってしまったか」

 大袈裟に頭を抱えて、悩むそぶりを見せる初老の男性に、不満そうな表情を少年が見せた。

「えー、ちゃんと理由があるんだぜ。それと、その息子ってのやめろよー、恥ずいわ」
「何言ってんだよ、死んだお前の親父さんは俺の弟で、お袋さんも幼馴染で世話になったんだ。息子同然に大切にすることなんざ当たり前のことさ」
「そう言ってくれるのはありがたいけどさ。それなら、息子の頼みを聞いてくれよ」
「んー、いくら、俺が衆議院議員でもハードル高えなー。俺が総理大臣なって、何がしたいんだ」
「2つだよ。1つ目は、衆議院議員になれる年齢を20歳へ引き下げること。2つ目は、内閣総理大臣は音声のみで公の場には姿を見せないようにすること」
「淳、お前」
「俺は、20歳で内閣総理大臣になるんだ。今の日本は、急いで動き始めないと間に合わなくなる。父さんたちを殺した日本の不況の煽りで犯罪に走る人が減るように俺が日本を変える」
「とんでもないことを考えるな。今のお前は10歳、全てのことがそんなに都合よくいくかはわからんぞ」
「大丈夫だよ、この国は革命を求めてる。僕がその全てを変えて見せる」
「そうか、それなら、一肌脱ぐかな。俺自身も今の日本も変えたいと思っていたんだ。共に頑張ろう、淳」

 まだ、10歳の淳の提案に乗った叔父の甲斐谷 宗一郎は、2年後の総選挙で持ち前の人脈と人柄で当選を果たす。
 その後、5年かけて淳との約束を果たし、法改正を成し遂げてそこから3年で予定通りに、大塔 淳は、20歳という若さで内閣総理大臣へ就任した。

****

「総理、これが椎山歌絵の情報をまとめた資料です」

 カナエが自身のタブレットを直接手渡してきた。

「そろそろ、僕専用のタブレットを準備してくれてもいいんじゃないのか」
「不要です。どうせ、考え事しすぎてどこかで無くしてきますから」
「的確すぎてぐうの音も出ないが傷つくな」

 図解多めに読みやすくまとめられた資料に目を通していく。
 元々、彼女が世界的に有名な画家であることは既知の情報だった。それよりも彼女の生い立ちや過去の記録の方が大切だ。

「うーん、やはりか」

 彼女の過去から現在までの情報を見ても、彼女が集団や母親以外の存在に心を許すことが出来ずに苦労していたことが垣間見得た。

「やはりって何がですか?」
「僕に似ているんだよ。中学生までの僕に」
「優秀であるがゆえに集団に馴染めないことなんて、そう珍しいことではありませんよ」
「君も経験者だから、そう感じるよな。ただ、彼女の場合は唯一の理解者だった母親を失っている。僕が、6歳で両親を失ったようにね」
「……」
「僕は、運良く引き取ってくれた叔父さん家族がいい人たちだったからね。心の隙間を埋めて貰えたが、彼女の場合は父親がその役目を放棄している。彼女が自分の世界に逃げ込むのも、想像に容易いな」

 資料をものの数分で見届けると、淳は立ち上がった。

「どちらに?」
「今日は、彼女が今通っている中学校へ行ってくるよ」
「車に準備しておりますので、他国との会談と稟議書へのお目通しお願いしますね」
「いつも悪いね、助かるよ」
「それが仕事ですから」

 ぷいっと、そっぽを向いた。
 彼女が照れたときにそのような対応をするのと知っている。

 軽く手を振って、その場を後にした。

****

 彼女が通っている学校では、定期的に他校との交流会を実施していることは確認済みだ。

 今日は、バスケット部の交流会をしている。
 相手の高校の制服に身を包んで、学校内へ侵入した。昼休みの今の時間は食堂で両校の生徒が一緒に食事を楽しんでいるはずだ。

 こっそりと職員室へ行くと、

「失礼します!」

 と、わざと大きな声をあげて入室した。
 中にいた先生方は揃ってこちらに視線を送ってきた。そのタイミングでわざと、

「すみません、トイレに行こうとして道に迷いまして食堂までの道を教えて頂けると助かります」

 誰もが一様に、ああ交流会の生徒かと安堵したような表情を見せた。

 それから、近くにいた長い髪を一本に束ねたジャージ姿の若い女性の先生がすくりと立ち上がった。

「大変でしたね、私が案内しますよ」

 いうが早いか、私の隣を通って廊下に出た。
 淳も女性の先生に続いた。

「助かりました、お名前お伺いしてもよろしいですか?」
「桜井 花子よ。貴方、高校生とは思えないくらいしっかりしてて落ち着いてるわね。年上みたいに感じちゃうわ」
「よく言われます、顔が老けているんです」

 ははは、と笑って見せた。
 間違いなく年齢は、淳の方が上だった。

「桜井先生は、教師になって長いんですか?」
「いいえ、今年で2年目よ。そんなに年上に見える?」
「失礼しました。雰囲気が落ち着いていらっしゃるので」
「返しが上手ね。本当に年下に見えないわ」

 はー、と感心したような声を桜井が上げた。淳は年下のように振る舞うのも難しいな、と見えないようにため息をついた。

「いえいえ、そういえばこの学校って、有名な画家の椎山先生が通われているんですよね?ご存知ありますか?」

 淳の言葉に、ああ、と桜井が気まずいことを思い出したように表情を暗くした。

「私が受け持ちのクラスの子なのよ」
「そうなんですね、気を使ったりするんじゃないですか?」

 淳はあたかも知らない体で話を進めた。
 それに対して、桜井は首を左右に振った。

「椎山さんと話が出来たのは、入学当初の数回とテストで登校したときぐらいなの。普段は登校してないし、何度かお家に伺った時も会えなかったし」
「苦労されてるんですね、他の生徒さんのこともあるのに」
「そんなことないわ…。椎山さんのことを考えると、何かしてあげたいくらい。他の子達も椎山さんのことを気にしているみたいだけど、椎山さん自身が学校に来てくれないことには…」

 と、悩んだ様子を見せた後に、我に返ったように、

「わ、私ったら、他校の学生さんに何て話をしてるのかしら!今の内緒でね…。教頭先生に怒られちゃう」
「大丈夫です。決して口外しません」

 意図的に話しをするように流れを作ったのだから、申し訳なさはこちらにある。
 とはいえ、聞きたいことが聞けてよかった。

「ここが食堂よ」

 気付くと、食堂近くまで来ていた。

「ありがとうございます、ここからは大丈夫です」

 頭を下げてから、目を見て笑顔を見せると、桜井は頬を紅潮させて視線を逸らした。

「い、いえ、また、いつでも来てね…」
「はい、また来ますね」

 手を振って別れを告げると、食堂に入る、フリをして外に出ていった。そのまま、正門から出ると怪しまれるので裏門の方へと周り、学校外に出た。

 タイミングバッチリにリムジンが横付けされ、乗り込むとカナエが中に待っていた。

「こちらのスーツへお着替えください。本日これからの予定は、会食と現在流行しているASウイルスに関する有識者との会議を予定しております」
「分かった、任せてくれ」
「それで、ここまで無茶なことをして収穫はありましたか?やろうと思えば、正攻法で行くことも出来たでしょうに」
「ん、そうだね。でも、僕が正式に訪問して後の彼女に影響があると嫌だからね。それに収穫はあった。まだ、彼女に戻る場所はあるようだ。後は、彼女次第、明日会いに行ってくるよ」
「ほんとに一国のトップがやることではないですが、総理らしいといえばそうなのかもしれませんね。最近の動向に関する批判がSNSでバズってますが、見ますか?」
「はは、意地が悪いな。申し訳ないが、面と向かって言えない人の意見は取り入れない主義なんだ」
「知ってますよ」

 そんなやりとりを交わしながら、淳は翌日初めて歌絵と出会うことになる。

 その出会いは劇的なものでも、感動的なものでも無かったが、間違いなく2人の運命を変える出会いだった。

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