「World Is Myself」第8話(第3.5章)
***中幕***
ある日の昼下がり。
時間が空いたので、アイランドの教会へ足を運んだ。
これまでの経験上は、3回に1回はシスターに出会えているので、少しの期待を抱きながら教会の扉を開いた。
そこには、スノウちゃんだけがいてシスターの姿で掃除をしていた。
仮想空間の施設内はゴミや埃が溜まることはないが、磨くと透過率が上がり、ピカピカするため、箒とちりとりはないが雑巾は存在する。
豆なスノウちゃんは暇さえあれば、椅子や床の掃除をしている。
「こんにちは、スノウちゃん。今日は1人?」
「さち様、こんにちは。質問の回答はイエスです。シスターは、出かけております」
そっか、そっかと適当な椅子に座った。
「シスターも忙しいそうだよね。どこ行くのか聞いてる?」
スノウちゃんが目を閉じて、無言で首を左右に振ると、反動で純白の髪が跳ねるように揺れた。1本ずつきめ細かく綺麗な髪をしている。
わたしも暇だったので手伝うことにした。
手持ちに入れてある雑巾を1枚実体化して、バケツに入れると水を含んで少し沈んだ。手に取ると、ぎゅっと力を入れて絞り、スノウちゃんが拭いていない逆から拭き始めた。
「ありがとうございます」
ボソリとスノウちゃんが言ってくれた言葉に、
「いいよ」と、一言で答えた。
しばらく、2人で掃除をした後に周辺を見ると、ピカピカに輝いて見えた。うんうん、とわたしはうなづいた。
「ちょっと休憩しよう」
スノウちゃんがうなづいて、わたしの隣に座った。
両手を膝の上において、そのまま動かなければ人形のようにも見える。
「なんか、落ち着いて話すの久しぶりだね」
「そうですか」
「うん、そうだよ。ワンダーランド以来かなぁ」
「いつも、さち様は忙しそうです」
「そうかなぁ」
「そうです」
表情は変化が見られないが、心なしか寂しそうにも怒っているようにも見える。
「ごめん、今日はこのまま話でもしよう。なんか話したいことある?」
「そうですか、では、シスターとさち様の関係についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え、わたしとシスター?」
「はい、とても親しい間柄に見えるのでいつからの付き合いなのか、それが気になりました」
「あー、そうだね。そんなに特別な話でもないけど、時間潰しにはちょうどいいかも、わたしとシスターが出会ったのは、5、 6年くらい前かな。わたしの両親が離婚した後くらい」
教会の左右に並ぶ椅子の先頭に横並びで座り、わたしは十字架に視線を送りながら、独り言のように語り始めた。
****
当時のわたしは、分かりやすくグレていた。
友達なんて、作る気力もなく1人で過ごすことが多かった。
6歳で心臓病を発症し余命10年を告げられ、8歳で両親が離婚。現実では自宅から出られず、学校は仮想空間。
未来なんてないし、夢を見る気もない。
世界はこんなにも残酷で、無慈悲なものだ。
そんなことばかり考えていたときに、教会に偶然通りかかった。神様に一言文句を言うつもりで中に入ると、光が降り注ぐのを感じた。
実際にはそんなことはないはずだけど、ステンドグラスから注ぐ光がわたしを照らしているように思えたのだ。
両サイドにシンメトリーに並ぶ椅子の中央を堂々と前進すると、正面に祭壇と十字架が厳かに来るものを待ち構えていた。
わたしは、祈るでもなく、頭を垂れるでもなく、ただ立ち尽くした。睨みつける先に神と呼ばれる存在がいると、このときは信じたかった。恨みつらみをぶつけたいという意味で。
しばらく、立ち尽くしていると背後から、声をかけられた。
「祈りはしないのかい?」
一瞬、求めていた神が現れたのかと期待したが、そうではなかった。振り返るとそこには、修道服を着た長身の金髪美人がいた。
「残念だけど、神様は信じてないの」
「なら、どうしてここに?」
「神様に文句の一つでも言いたくなったの」
わたしの言葉に修道服を着た女性は肩をすくめた。
「謝ってほしいくらいだよ。こんな人生を与えてごめんなさいって」
「分かりやすく不貞腐れてるね。人それぞれ色んな人生がある」
分かったような口ぶりの女性に内心苛ついた。
「自分の死が確定されてるとしても?」
「そうだな、人間誰しも死ぬことは決まってる。それが遅いか、早いかの話だ。だからこそ、大切に日々を過ごさないとな」
「そんなの、偽善だよ。自分が可哀想じゃないから分からないんだよ」
わたしのことを知った人は口々に言っていた。可哀想に、って。可哀想可哀想可哀想。
「もしかして、お前自分が可哀想とか思ってるの?」
キョトンとした顔で女性はわたしに問うた。
「だって、みんなが言うから」
「それなら、勘違いだ。周りの人間がいくら可哀想なんて口にしてもお前だけは決して自分を可哀想だなんて思って卑下するな。お前は、人と変わらない。可哀想だなんてことはない」
「そうなの?」
今度はわたしがキョトンとする番だった。
次の言葉を彼女に自然と求めていた。
「当たり前だ。お前だけは自分が最大限最強と信じてあげないといけない。世界で自分は1番幸せで、1番最高で、1番可愛くて、世界は自分自身なんだって」
女性の言葉にわたしは、二の句が継げなかった。だって、そんなこと無理だって思えてしまうから。わたしの雰囲気から女性は、思っていることを感じ取ったのか言葉を続けた。
「なんだよ、自信ないのか。なら、お前が自分のことを最強だって信じられるまでわたしが信じてやるよ」
『それでいいだろ、な?』と告げるように口にする言葉は、今のわたしの心には温かすぎて、
「ほんとに、本当に、信じてくれますか、、?」
涙が、決壊したダムのように溢れて止まらなくなった。
「約束する」
女性の修道服にしがみついて、顔をうずめた。女性は面倒臭そうなため息をこぼしながらも、頭をポンポンと撫でてくれた。
落ち着いたわたしは、何度も何度も確認した。
「約束したからね!絶対だからね」
「いいから帰れ」
今度こそ、面倒臭さを隠すことなくしっしっと手を前後に振ってわたしを追い払った。
「酷い!また、来るからね!」
そう言い残して、外に出たわたしの足取りは軽かった。
わたしが1番だって、まだ信じることは出来ないけど、わたしのことを信じてくれる人がいる。
そのことが、わたしはそれだけで、わたしを好きでいいのだと思えた。
翌日から連日通い詰めて、女性を困らせたことは言うまでもない。
「そういえば、お姉さんのことなんて呼べばいいの?」
「ん?まぁ、見たまんまでいいよ。お姉さんって柄でもないし、シスターとでも呼びな」
「分かった、これからもよろしくね。シスター」
それから6年が経過した今も、シスターはわたしのことを信じてくれている。そんなシスターをわたしは信じてる。
****
「こんな感じかな」
「なるほど」
スノウちゃんに話を聞かせて改めて考えると、初めて会った相手の言葉をすんなりとよく信じたなと感心する。
純粋だったな、と過去の自分を可愛くも思う。
「そこからお二人は、関係を深めてきたのですね」
「深めると言う程何かしたわけじゃないけどね。一方的にわたしが引っ付いてただけだし」
シスターは主にわたしのわがままを聞いてくれている側だった。
「そういえば、シスターのことをわたしはあまり知らないなぁ」
一緒に過ごした6年で、人となりは分かったけど、過去のことは何も知らない。
気にならないといえば、嘘になるがそんなのは問題じゃない。
「どうしてスノウちゃんはわたしたちのことが気になったの?」
「いえ、お二人を見ているとわたしもその隣に立てるのか気になったもので」
「なに言ってるの、スノウちゃんも友達なんだから初めから一緒に立ってるよ」
スノウちゃんの身体をギュっとすると、少しだけスノウちゃんの身体に力がこもるのを感じた。
「そう、、なんですね。それなら良かったです」
ほんのりと頬が紅潮しているのが可愛い。
肌が白いので余計に際立っている。
伏し目がちに目を逸らして、より強く抱きしめたくなる。そんなときに教会の扉が勢いよく開いた。
「帰ったぞー」
会社帰りの中年男性のような発声と共にシスターが帰ってきて、スノウちゃんとのスキンシップを中断させられた。
「なんだ、さち来てたのか。祈りは済ませたか」
「うん、大丈夫」
わたしは、神様には祈らない。
わたしが祈るのは、1人だけだ。
その相手にわたしは、今日も笑みを浮かべて幸せだと伝える。
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