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「World Is Myself」第9話(第4章)

**第1幕**

 母親との思い出の中でもっとも記憶に残っているのは、小さな頃に風邪をひいたときだ。

 手を握り、「大丈夫だ、ママが付いてるからな」と声をかけてくれる姿は母親然としていた。

 それが何歳だったのかは記憶が定かではないけれど、心臓病に侵されてからは会うのが週に1回程度になったかと思ったら気づいたら両親が離婚して母親は姉と何処かに行ってしまった。

 父親は仕事に没頭し、使用人の沙織さんと執事の怒離留(ドリル)だけが私の育ての親だった。

 幸いにも良い出会いもあって、今は人生に悲観せずに生きているけれど、母親だけは許せずにいる。

 何故と、問われると自分を置いて出て行ったことが起因しているが、本質はそこじゃない。

 きっと私は、母を愛していたのだ。
 そして、同じだけ愛を求めていた。

 その反動が憎しみとして、内面に現れた。
 そのことを意識したとき、私は悔しさを感じた。嫌いだと口にするほど、自分が母を求めていることを思い知ることになるからだ。

 母を求めるほど、愛を求めるほど、憎しみ、苦しむ。まるで呪いのようだ。

 大丈夫だよ、とまた言ってほしい。
 初めは、こんなささやかな願いだったはずなのに。

****

 ニライカナイに行きたいとシスターに告げた時、珍しく反対された。

「あそこは、きな臭い噂が多い。研究施設があって非人道的な研究をしている噂がある。どうしても、行かないといけないか?」

 シスターは、基本的にわたしの意見に賛成してくれるため、これまではこういった形で意見が割れることが稀だ。

 ただし、わたしの気持ちは固まっているため、引くつもりはなかった。

「どうしても気になることがあるの。わたし1人でも行くよ」

 大きなため息をシスターが吐くと、頭をかいて指を1本立てた。

「1つだけ約束。ニライカナイは、居住エリア、娯楽エリア、開拓エリア、研究エリアに分かれている。この娯楽エリア以外には、絶対に近づくなよ。分かった?」
「うーん、、わかった」

 渋々了承したけど、どうしても必要となったらそのときは、またそのときに考えよう。

「それじゃあ、行こうか」

 わたしの掛け声に2人はうなづいて、【ワールドアウト】と口にする。

 ワールドの変更か、個人部屋への移動かを選択するポップアップが表示されて、ワールドの変更を選択する。そして、初めていくワールドの場合はコードの入力が必要となる。

 ワールドへ入室する際、以前入室したことがあれば履歴が表示されるのだが、わたしは先日不自然な点に気づいた。

 ハル子に聞いたログインコードを試しに入力して表示された履歴には、わたしが7歳、8年前にログインした時の履歴が最後に記録されていた。

 それ以前にも、5歳からログインした跡があった。勿論、わたしには全く記憶にない。
 幼かったわたしが、1人で行ったわけがない。

 父親か母親が連れていったのだろう。
 その理由を知りたい。
 そのことが、母親と同じ名前の占い師と関係しているかもしれない。

 わたしは、『ニライカナイ』と表示されたスクリーンをタップした。

****

 目を開いて最初に見た光景は、眩しいほど澄み渡った青空だった。外かと思ったが、天井が透明な素材で出来ているだけでそこは室内のようだ。

 無数にある簡素な作りのベッドに横になっていた。カプセルの半分を切り抜いたような形をしていて、縦に長い大きな円柱型の建物の中で浮いていた。

 身体を起こして見下ろすと、かなりの高さで降りる方法を検討していたところ、自動で降下を始めた。

 足がつく位置まで移動したところでベッドから降りた。出口は1箇所しかない為、迷いなくその部屋から出た。

 ベッドがあった部屋から外に出ると、そこはロビーのような場所だった。

 白を基調とした明るい部屋に、これまで行われたであろうイベントの写真や映像が展示されている。
 誰もが笑って楽しそうだ。

 窓はなく外は見えない。

 ソファがいくつか準備されており、人を待つことも出来るようだ。今は4人ほど座って談笑している。

 正面には、受付のようなカウンターがあり、受付を担当していると思わしき2人の女性が左右のカウンターに1人ずつ静かに笑顔を見せて立っていた。

 シスターとスノウちゃんの姿は見えない為、まずは受付で話を済ませることにした。

「こんにちは、ニライカナイの入り口はこちらですか?」
「はいはーい、こんにちは!その通り、ようこそニライカナイへ!こちら、受付担当しておりますのが、ハルカと」
「カナタです!」

 もう1人の受付の人が明るい声で挨拶をくれた。2人は双子のように似ていて、髪の色が赤かピンクかの差しか見た目では分からない。
 2人とも髪をツインテールにしていて、白と青を基調とした制服に、首にはリボンを巻いている。

 リボンの色も髪の色と同じだ。

「初めまして、さちと申します」
「さち様ですね、VIW(ビュー)のIDを確認しました。既にニライカナイへワールドインされたことがありますね。説明は不要でしょうか?」

 事前に分かっていた事だけど、改めて言われると驚いた。わたしはこのワールドに来たことがあるんだ。この人たちなら何か分かるかもしれない。

 まずはワールドについて聞いてみよう。

「わたし昔来たときのこと覚えていなくて、改めてこのワールドのこと伺ってもいいですか?」
「承知いたしました。こちらをご覧ください」

 目の前に50型テレビほどのサイズの映像が出現した。映像は、ニライカナイ全体を映し出したものとなっている。

「ニライカナイは、死後の世界、つまり天国をイメージした空に浮いている島がコンセプトとなっております。ワールドの端に行って外を眺めていただけると分かりやすいです。現在いるのがごちらの娯楽エリアの中心近くです。こちらは、ワールドインされたどなたでも、ワールドを楽しんでいただくことが可能です。ワールドの中心より、南西をご覧いただきますと、居住エリアがごさいます。こちらは、エリア内に住宅を購入された方のみが立ち入ることが出来る場所となっています。その為、さち様は娯楽エリアのみお楽しみ頂けます。余談ですが北西の方角は、現在開拓中のエリアですので関係者以外は入ることが許されておりません。ここまで宜しいでしょうか?」
「はい、続けてください」
「承知しました、更に娯楽エリアに拡大したものがこちらです」

 モニターがズームされ、長方形の形をした娯楽エリアが全体が表示された。

「時計回りに学校、運動場、オフィス街、コンサート会場、美術館、アミューズメント施設、ホテル、ショッピングモール、遊園地など様々な施設が並んでおります。各施設へは、エリア内を流れている川で繋がっております。川の上を船が定期的に運行してますし、水陸両用バイクを借りて走ることもできますよ!ここ中心地周辺は新たにワールドインされた方を案内するためのお店が沢山ありますので、是非ご活用ください。これがお店のマップです」

 転送されてきたデータが私の手元のモニターに映し出された。確かに周辺にレンタルバイクやワールドナビゲーションのお店など、様々なお店があるようだ。

「ありがとうございます!2点お伺いしても、いいですか?」
「はい、どうぞ!」
「1つは占い師のコウという人物をご存知ないですか?」
「占い師のコウさんですね。はい、固有の店舗を持たずに占いをされているようです。ショッピングモールやアミューズメント施設、オフィス街など様々な場所で姿を確認されているみたいです。何処にいるのかこちらでも把握出来ていないため、ご了承ください」
「ありがとうございます!あと、ひとつは、変なことを伺うのですが、わたしの顔に見覚えはありませんか?」
「と申し上げますと、私たちとさち様がお知り合いではないかという問いでよろしいでしょうか?」
「あ、いえ、どちらかといえばわたしと近しい顔をした人物を見たことがないか、という質問になります」
「承知しました、その問いに対する回答はノーです。申し訳ございませんが、私たちは存じあげません。ご期待に添えずすみません」
「いえ、いいんです。わたしも変なことを聞いてごめんなさい。これで全部です」
「承知しました、ではさち様のニライカナイでのお時間が良いものとなりますように行ってらっしゃいませ」

 2人に促されて、わたしはお店から外に出た。

 さちが出た後の店内では、ハルカが大きな溜息をついた。

「なんとか、バレずにすみましたね」
「ええ、答える義務はないとはいえ少し心が痛みます」
「あの人からの希望ですし、本人も知らない方が幸せでしょう」
「どうでしょうか、私にはどちらとも言えないです。少なくとも、彼女は自分でたどり着くだけの力があるように感じます」
「そのときは、受け入れるしかないでしょう。私たちがあと出来ることは見守ることだけです」

 さちが出て行った出入口を眺めながら、優しく悲しげな視線を向けた。
 彼女の手元の写真には、ハルカとカナタを含む10名ほどの男女とその中に混じる幼少期のさちの姿が映っていた。

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