「World is Myself」 Side Story 〜歌絵&淳〜7(最終回)
**最終話**
たった一度。
たった一度だけ、ママが涙を見せたことがあった。
小学生になる前、珍しくママが2人で少し離れたカフェに行こうと誘ってくれた。
パンケーキを食べさせてもらえる事に喜び勇んだ私は、何も考えずについて行った。
嬉しくて笑顔で一杯だった私に母は、2人だけでどこかに逃げちゃおうかと、言った。
それに、私は激しく拒絶した。
住み慣れた場所を離れるのか嫌だったのか、何かいつもと違う母の感じに驚いたからか。
理由は覚えていない。
ただ、私に拒絶されたママが、私にごめんね、と泣きながら謝った。
この時わからなかったが、多分前日に父と私のことで喧嘩をしていたのだろう。
この日以来、父が私のことを無視するようになった。だから、11歳になって母が亡くなってから遺伝子検査をした。
結果は、
「99.99%、私とパパの血縁関係はないって結果が返ってきた」
歌絵が音也の胸元を離れると親子関係にないことを知っていた敬意を話した。音也も驚きを隠せずにいるようだ。
「歌絵、それじゃあずっと親子じゃないことを知ったうえで何も言わずにいてくれたのか」
「ずっととは言っても、2年間くらいだからー」
「馬鹿、十分長い。歌絵、すまなかった」
音也も謝罪して、歌絵を自分に改めて引き寄せた。
「ママがどうであれ、歌絵の本当の父親が誰であれ、歌絵には関係ないよな。この答えに辿り着くのに、時間をかけ過ぎてしまった」
音也は、後悔の念を覚えて表情を曇らせた。
そんな音也に首を振って歌絵が応えた。
「そんなことないよ、私たちは今からでも間に合うよ」
嬉しそうな表情を見せる歌絵は、今日1番の笑顔を見せた。
「そうだ、淳さん。みんなで一緒…に…」
言い終わる前に気がついた。
気付くと、その場から姿を消していた。
****
公園を出て、少し歩いたところにリムジンが横付けされて淳が乗り込んだ。
中には、カナエがいて準備されていた漆黒のスーツに着替え、職務に戻ろうとしていた。
その最中、カナエが言いづらそうに重たい口を開いた。
「歌絵さんに言わなくて良かったのですか?」
「何を?」
「彼女の母の最後の言葉です」
「ああ、それは不要だろう。結果的に」
淳の言葉を聞いたカナエは、それでも納得がいかなかったのだろう。身を乗り出して、
「歌絵さんの母が、逆恨みで後ろをつけていた加害者の男から歌絵さんを守るためにあえて1人なったこと」
「……」
それは、当時の事故の映像を再現した時のこと。カナエが事故直後の歌絵の母が、口を動かしていることに気づいて、読唇術で発言を再現した。
『歌絵。ごめんね。こんなことでしか、貴方を守ってあげられないママを許して。愛してる。パパと仲良くしてあげてね。パパも寂しがりやだから…』
伝わったからといって何かが変わるわけでもないが、母の最後の言葉を知らないのは不憫な気がしてならなかった。
しばらくの沈黙の後に、
「大人になったときに、伝えたらいいさ。今の2人には不要だろう」
改めて、淳が出した結論にカナエも従う事にした。
いつか歌絵が大人になった時、今よりもその言葉の意味を理解できるときが来るだろう。
そう信じて、淳は心のうちにその言葉を秘めた。
**1ヶ月後**
「きみを退屈から救いにきた!」
そんな言葉を性懲りも無く吐いてくる相手に、歌絵はゲンナリとした顔を向けた。
場所は動物園のキリンのゾーンに来ていた。
初めて2人が出会った場所だった。
「1ヶ月も放置して、久々の再会の第一声がそれですかー。引きますー」
「しょうがないだろう、あれから職務を立て直すのが大変だったんだよ」
それは嘘偽りない事実だった。
歌絵のことに時間を費やしすぎたことで、遂に正常に戻すことが困難なレベルに到達しそうになったいた。
それをカナエの手腕と淳の知力体力で1ヶ月で戻すことに成功した。
「やっぱり、大統領なのは本当なのですねー」
「誰にも言うなよ。僕が怒られるから」
「そこは、人のせいにしないでくださいよー」
まったくもー、と歌絵が小さくため息を溢した。
「あれから、お陰様で父とは以前よりも話すようになりましたよ。まー、父は元がシャイな性格なので会話が弾むわけではないですがー」
どこか嬉しそうに父のことを語る歌絵は、晴れやかな笑顔を見せている。
「学校はどうしてる?」
「行ってますよー、翌日行った時大変だったのですよ…。質問責めで」
歌絵は、思い出して疲れた顔をする。
「でも、たくさんの人と話すようになれましたよ。貴方のあの奇抜な行動のおかげでー」
少し意地悪な笑顔を覗かせる歌絵は、本当によく笑うようになった。
ふぅと話し終えて一息した後、淳の瞳をじっと見た。歌絵がこう言う行動をとる時は大事なことを話す前ぶりだと最近気づいた。
「ここに来たってことは、約束を果たしに来てくれたのですよね?」
「約束?」
「責任、取ってくれるっていいましたよ?」
「いや、あれは、何かあった場合だろ」
「私は責任を取ってくれとしか言ってないですよー」
ニヤリと笑う歌絵は、実に楽しそうだ。
すっと立ち上がると、歌い始めた。
「このおーぞらにー翼をひろーげーとんでーいきたーいーよー。このかーなしみのない自由なそらーへー。つばさーはためーかーせーいきーたいー」※1
それは彼女自身を体現しているような曲だった。今の彼女に似合いの歌だ。
「上手だ」
「ありがとーございます。淳さん」
改めて、淳の目を強く見つめた。
「私は貴方が好きです。だから、貴方と結婚します」
「断言とは恐れ入るな」
「大統領の妻になりますから」
両腕をあげて、肘を曲げた。
いわゆるマッスルのポーズをとった。
「僕も椎山くんのことが好きだ。だが、僕が大統領でいる限り、特定の誰かを配偶者として受け入れるつもりはない」
「なら、待ちます」
「躊躇ないな」
「年齢だけは若いのでー」
「10年。2050年まで待ってくれないか。必ず、迎えに行く」
「わかりました。大丈夫です、私も海外に行くことにしたので」
「1人で?」
「いえ、初めは父が付いてきてくれます。ただ、落ち着いたら1人旅をするつもりですー」
「大丈夫なのか?集中すると周りが見えなくなるだろ。それに学校は?」
「そこもこの1ヶ月で成長したのですよー。現実世界を視認しながら私の世界を見ることに成功しました。これからは、集中状態でも周りが見えなくなることはありません。学校は、オンライン授業を受けて、2週間に1回くらいは登校するつもりですー」
「そうか、なら安心だ」
「はい、だから、存分に私を待たせてくださっていいですよ。貴方がおじいさんになっても、貴方の相手は私だけですー」
それはもう、プロポーズと言っても差し支えない言葉だった。
「全くきみには負けるな」
「それはそうですよ。私、椎山歌絵は今、絶賛世界で1番幸せな女の子ですよー」
光り輝くようなキラキラとした笑顔を淳に向けて、歌絵は未来に向けて歩み始めた。
向かう先にどんな困難が待っていても、乗り越えられるとそう感じさせる強い表情だった。
「それはそうと、うちのパーパが家に連れてくるように言ってましたよー」
先ほどの表情から一転、歌絵はニヤニヤと淳の顔を見た。
「それは…、お断りできないよなぁ」
げんなりとした顔をして淳は、超える壁が先にあるのは自分だと悟った。
※1 引用 翼をください レーベル:リバティ
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