「World Is Myself」第2話(第2章)
**新和20年8月10日**
これから、何かある度にこうして日記を書く事にしました。
気持ちの整理とわたしの希望である未来のわたしに向けて、
想いを綴りたいと思います。
昨日はワンダーランドというワールドへ初めて行ってきました。
そこは、わたしの学校がある港町のアイランドから北に向かったところにあって、なんと現実と繋がっているワールドでびっくりしました。
そこで、ワンダーランドを作った来栖さんとアイドルのカノンさんと出会い、わたしが答えを出すうえで大切なことを教えて貰いました。
また、会いたいなと思います。
**第1幕**
様々な姿をした沢山の人が視界に所狭しと行き交っている。
人の数もさることながら、忠実に現実の建物や場所を再現されていて普段外に出ることが出来ないわたしは、気持ちが高揚した。
頭上に表示されている名前も、現実世界の人には表示されていない。
現実世界では名前を聞くまでわからないため、それに配慮した対応だと思う。
今日は、シスターの提案でワンダーランドというワールドにアイドルのライブを見に来ていた。シスターとスノウちゃんとの待ち合わせは13時だけど、ワクワクしすぎて11時に到着。
ライブをするのは、カノンさんという10年ほど前から活動しているアイドルで、ずっと大好きだった。
特に数年間の活動休止していたときは、心配したものだ。そんな彼女を直接見れるとあっては、じっとしていられなかった。
とはいえ、待ち時間まではまだ時間があるのでブラブラして待つしかない。
「すごいなー、カノンさん一色だ」
辺りの電光掲示板もお店なども、カノンさんのグッズや映像で溢れている。そこにいる人もカノンさんが過去のライブで使用衣装を模したものを着ていたり、ペンライトや全身が光る素材の服を纏っている人もいて、ライブは夜に行われるが、既に一体となって盛り上げるような空気感がそこにはあった。
ウキウキした気分で辺りを見渡しながら歩いていると、周りに忙しなく視線を送る人物がいることに気がついた。誰かを探しているのか、途中の脇道にも入って、すぐに出てきた。
眼鏡を付けて緑色にボーダーの入ったシャツを着た男性で悩むような表情を浮かべて頭掻いていた。頭上には名前が表記されていない。
まだ、時間に余裕があるので、声をかけてみることにした。
「こんにちは!何かお困りですか?」
わたしの言葉に男性はしばし、逡巡した後、声を潜めた。
「この写真の女性を探しているんだ、見てないかな?」
と、宙にモニターを出した。
わたしはじっとその写真を見て、心臓が跳ねた。
「カ、カノンさん!・・・いえ、見ていないです」
思わず大きな声が出たのを自分で口を抑えて続けて答えた。
その答えに男性は肩を落として、去ろうとした。
この人が誰なのかはわからないけれど、どうしてもこのままこの人を放置することができないと思ってしまったわたしは、
「わ、わたしも手伝わせてください!」
頭で考えるよりも先に口がそう言っていた。
何よりも、楽しみにしていたライブが中止になるような事態だけは、避けたい自分がいた。
わたしの言葉を聞いて再び、男性は考えるようなそぶりを見せて、
「君の名前は?」
「さちです」
「僕は佐伯 来栖。申し訳ないが、協力をお願いしてもいいかな?」
「はい、頑張ります」
それから暫く、周りに視線を送りながら一緒に歩いていた。
カノンさんを見つけることが出来ないまま、15分ほど経過していた。アイランドよりは狭いとはいえ、1万人が入るドームを中心とした半径1kmほどの広さがある為、なかなかに広い。
「いないですね、いきそうな場所に心当たりとかないですか?」
「結構思い当たる場所は回ったからね、、、。よし、考え方を変えてあっちから出てきてもらおうかな」
「え、そんな方法が?」
「そんな難しい話じゃないよ。そうだね、まずはそこのカフェで話でもしようか」
というわけでカフェに入って、来栖さんはコーヒー、わたしはオレンジジュースを頼んだ。彼の目の前には、現実のコーヒーがわたしの目の前には仮想空間の架空のオレンジジュースが並んで置かれた。
「えっと、いただきます」
わたしは遠慮がちに飲む始めた。
「遠慮しなくていいよ、迷惑をかけているのはこちらなのだから」
「ありがとうございます。あの、カノンさんは、どうしていなくなったんですか?」
「それは、分からない。気分で行動することがあるからね」
「そうですか、、、」
「時間は大丈夫かい?」
ちらりと時計を見ると、11時45分を指していた。
「はい、まだ、時間はあるから大丈夫ですよ。それにしても、現実と仮想空間がこんなにも自然に繋がるのはすごい技術ですね」
「へー、さちちゃんは、テクノロジーとか興味あるの?」
「興味あります、自分が知らないことは特に」
「いいね、その知的好奇心が高いの好きだよ」
ニコリと笑いかけられてドキッとした、とした瞬間、背後からぞくりと悪寒を感じて振り返るがそこには雑踏だった。
「大丈夫かい?」
来栖さんから話しかけられて、再び前を向いた。
「大丈夫です、何か悪寒がして」
「あー、それはいい傾向かもしれない」
「??」
「いや、こっちの話。このワールドは、僕にとって思い入れがあるから興味を持ってもらえたならうれしいよ」
「来栖さんは、このワールドのこと詳しいんですか?」
「うん、僕が作ったからね。このワールドの管理人も僕だし」
こともなげに言ってのける来栖さんの表情は、変わらず穏やかだ。
「すっごいですね、どんな仕組みになってるんですか?」
「うん、この場所は、上半分だけの半球のように天井を透明な壁が覆っているんだ。その壁から微弱な電波が出ていて、この島の中にいる人やものを細かく読み取って、仮想空間へ通信、その情報を再現してる。逆に仮想空間の情報も、現実世界に反映されるようにしてるからまるで一緒に同じ場所にいるような感覚を味わうことができる」
「な、なるほど、すごいですね。こちらで壊れたものは現実では、どうなるんですか?」
「いい質問をするね、ちょっと手を出して」
言われるがままに手を伸ばすと、来栖さんの手に触れることが出来た。
「現実世界の僕も、君の手に触れることが出来ている。これは、新しい技術でね。映像を投影するかのように、質量をもった物体を再現することが出来る技術を、このワールドがある島全体に設置してるんだよ。島の根幹やドームの重要な部分以外は、同じ素材で作ってあるから、仮想空間で壊れたものは現実でも同様に壊れるようになっている」
「すごいです、感動しました!あ、そろそろ、手を離してもいいですか。ちょっと、恥ずかしいです」
触れ合っていた手を離すと後ろからドンと大きな音がした。
振り返ると、周りの人も一様に視線を送っており、そこに潰れてひしゃげた缶のようなものから、飲み物が飛び出していた。
「よし、そろそろ行こうか」
来栖さんに付いて、カフェを後にした。
少し歩いていると、ゲームコーナーのあるエリアが見え始めてきた。Eスポーツの有名な人が来ているらしく賑やかだ。
キス&エンジェルという会社とコラボしたと広告している。有名な若手女性社長が経営している会社だ。
希望した人がゲーム用のユニフォームを身に纏って有名人の選手と路上で試合をしている。俊敏な動きで攻撃を読み合う試合展開は、見応えがあって見惚れていた。仮想空間のアシスト機能を利用して身体を動かすものが多く派手だから面白いと聞いたことがあった。確かに心が躍るのが分かる。
そんなことを考えていたわたしの視界が突如として暗転した。
「!?」
びっくりして、言葉にならない発声が口から出た。
口を塞ぐものを付けられた。声が出なくなった。
その後、足場を失い、浮いている感覚と共に、腹部に圧迫を感じながら、移動を開始したのが分かった。
状況を理解するまでに時間を要したが、どうやらわたしは誘拐されているようだ。身体をよじってみたが、びくともしないし声も出せない為、大人しくしていることにした。
しばらく、待っているとどこかで降ろされて地に足をつけたことを感じた。
「逃げないでね、今から質問することに素直に答えて」
女性の声だ。
「しゃべれるようにしちゃうとログアウトしそうだから、首の上下左右で答えてね。いい?」
首を上下にふった。
「貴方と来栖は、、、お付き合いしてる?」
予想外の質問に、いやいやいやと脳内で否定しつつ首がちぎれそうな程左右にふった。
「ほんとにー、さっきあんなに親密そうに手を握り合ってたのに。じゃあ、今日会う約束をしてた?」
握り合ってないですー、と心の声で叫ぶも届かず。再び、首を横に振る。
「むむむ、ほんとか嘘か分からない。やっぱり、顔を見ないと駄目だなぁ」
言うが早いかわたしの視界を塞いでいたものが取れて、視界が開けた。
目の前には、予想通り目隠し帽をかぶった女性が座っているわたしに視線を合わせるように屈んでこちらを見ていた。
「もう1回質問、来栖とお付き合いしてる?」
『ふるふる』と首を横にふる。
「今日会う約束してた?」
『ふるふる』と再度、首を横にふると、女性はため息をついた。
「嘘ついてないなぁ、そうだ。わたし読唇術できるから、しゃべらなくていいから口パクで答えて!」
と、わたしの口をふさいでいた布を外した。
口が使えるようになったわたしは、真っ先にある質問をすることにした。
『カノンさんですか?』
わたしの口パクを見た女性の表情が固まった後、後ろにバックした拍子に壁に衝突、頭を抱えたことで帽子が落ちた。
名前を伏せる効果があったであろう帽子が落ちたことで、頭上にプレイヤーネームが表示され、『KANON』という名前が表示され、若干目が泳いでいるカノンさんの表情があらわになった。
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