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「World Is Myself」第15話(第5章)

**第2幕**
2035年1月10日

「こらアライくん!どこに行くの!」

 スピーカーから、女性の声が鳴り響いた。
 そこは、さまざまなPCや測定用の機械やヘッドギアが並んだ研究室の様相をした部屋だった。中央にMRIのような大きな機械が2台あり、片方にだけ女性が横になっている。大型モニターに先ほど、大声で叫んだ女性のピンクの髪にラフな格好をしたアバターが写っており、怒りで眉間に皺が酔っている。アライと呼ばれた男性の姿は、ドアを開けてまさに部屋から出るところだった。

「どこでもいいだろ」

 その一言を残して部屋を立ち去った後、モニター内の女性が地団駄を踏んでいる。そんな女性を監視していた別の女性から声がかかった。

「カナタ落ち着いてください。キャラクターの表情がすごいことになってます」
「あ、ごめーん、ハルカ」

 怒りをあらわにしていたカナタという女性とハルカと呼ばれた女性は、瓜二つで髪の色だけが赤とピンクでわかりやすい違いだった。謝罪をしたカナタは、我に返り、周りを見渡した。

「で、アライさんが離席してどっかに行っちゃった感じ?」
「そうなの!信じられない」

 また、カナタの怒りが少し再燃し頬を膨らませて感情を露わにしている。その様子を見ていたもう1人の監視者である男性からも声がかかった。

「ちょうど、怒りを再現するテストにもなったな。良かった良かった」
「カイさん!ちっとも、良くないです!きー」

 カイと呼ばれた良い男性は、紺色の幾何学模様の着物を見に纏い、髪を後ろに1本で束ねて年上然とした落ち着いた風貌をしている。

「アライはこの時間、味噌汁休憩って決めてるみたいだからな。行かせてやれよ」
「カイさんはアライくんに甘すぎます」

 動作テストを引き続き行いながら、カナタは手足を動かし続けた。

「まあまあ、そうカリカリしなさんな。支援者も順調に増えてるし、後7年もあれば完成だよ」
「流石カイさん!」
「いや、みんなの努力あっての結果だ。あとは、今の時代にコウくんがいたことが大きいな」
「そういえば、コウさんどこ行ったの?」

 カナタがそこにいるメンバーの誰にともなく口にした言葉にカイが反応した。

「あの人は病院だよ」
「え、コウさんが病気!?」
「お前さん、あの人を怪獣かなんかだと思ってないか」
「だってー、あの人が体調悪くしたところ見たことありませんよ!」
「それには同意だけどな。だからじゃないけど、病気じゃないよ」
「え、それじゃ」
「おめでただよ」
「ええええー」

 カナタの叫び声が響き渡り、そこにいたものは一様に耳を塞いだ。

「カナター、うるさい」
「だって、コウさんって研究以外全然興味なさそうだし」
「そう言っても、7歳のみゆきちゃんもいるし、やることはやってるんだろ」
「カイさん、セクハラです」
「この程度もダメなのか・・・。ハルカちゃんは、厳しいなぁ」

 そんなやり取りをしながら、ハルカは自然と笑顔になっていた。

 ハルカ、カナタ、カイ、コウ、アライ。
 この時点では、まだ5人とその支援者が進めていたプロジェクト。

 VIWは、少しずつ形を成していった。

**2035年9月15日**

「みんな、コウさんの子供無事に産まれたらしいよ」

 ワァ、と研究室が歓喜に沸いた。

「いやあ、出産予定日の1週間前になっても研究室に通いつめるのを止めるのが大変だったな」
「あの人、本当に研究の鬼だよ…」

 一様に言葉が出るのは、コウをなんとか病院へ行かせて無事に出産させることができた自分たちへの賛美と安堵の言葉だった。

「あー、そして、コウさんがすぐ復帰するみたいだから赤ちゃんの面倒をみんなでみます」
「「マジ、、、」」

 みんなの声が重なった瞬間だった。
 その声に合わせたように、

「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」

 バン!と、扉を開けてコウが姿を現した。

「何がっすか?」

 アライが冷静に質問した。

「うちの子はほとんど泣かないから、邪魔にはならないよ!さー、みんな研究だー!」
「答えになってないし、どうしてあんたはそんなに元気なんっすか」

 アライが化け物を見るような視線をコウに向けた。

「研究こそ人生でしょ。楽しもうぜ、若人」
「あんたもそんなに年上じゃないだろ」
「細かいことは気にすんな」

 ははは、と笑うコウの姿を面倒くさそうな顔をしながらも相手をするアライはどこか楽しそうにも見えた。

「で、子どもはどこにいるんですか?」

 ハルカが不思議そうに声をかけた。

「ああ、私じゃなくて…」
「母さん、さちが泣いてる」

 まさにコウが喋り始めたタイミングで、入り口を開けた人物から声がかかった。赤子を抱き抱えた女の子がそこに立っていた。
 女の子は、赤い髪を無造作に後頭部で1本にむすんでいた。
 黒のTシャツに赤いジャケットを羽織った女の子は、身長が140cm近くあり、むすっとした表情から小学校高学年にも見える。

「お、みゆき悪いね」
「生後1日の子どもを置いていかないでよ」
「みゆきがいれば、大丈夫でしょ」
「全幅の信頼を7歳児に置かないで欲しいのだけど…、大人に力では勝てないんだからね」
「大丈夫、私も勝てん」
「そこは頑張って、お母さん」

 そこで異議申し立てをするように、さちと呼ばれた赤子が大声で泣き出した。

「おっと、さちがお怒りだ」

 ガバッと、胸を出そうとした母親をみゆきが全力で止めにかかる。
 加えて、ハルカはアライの目を両手で塞ぎ、カナタが部屋の外にコウを連れ出した。

 しばらくして、コウがお腹が膨れて寝たさちとげっそりした表情のみゆきを連れて戻ってきた。

「何はともあれ、改めて私も戻って新しい体制で再スタートだな!みんな楽しくやろう」
「それはいいけどよ、この前言ってたワールド構築と権限周りの担当者どうする?」

 アライが言っているのは、VIWのワールド構築にあたっての土台の設計基礎や設定、どのような権限が必要でどのように振り分けるかなどを管理する担当者の話だ。これまでは、既存に存在する仮想空間の基礎テンプレートを使用してテストを行ってきたが、1から作り直す必要があるため、その話題を上げていた。

「それなら、もう連れてきてるぞ」
「は?」
「ほら、ここに」

 ぽんぽんとみゆきの肩を叩いた。肩を叩かれたみゆきは表情を、『むすっとした』から『イラっとした』へ変化させた。
 表情から察するに聞かされていなかったのだろうとカイはみゆきに同情した。何度もカイも経験済みだった。

「母さん、説明もとむ」
「頑張れ!」
「コウさん、その子7歳じゃなかった?」

 カイが念の為に確認として、年齢確認をした。

「そうだよ、オンライン学校だから小学校はここからでも通えるさ」
「いや、問題はそこじゃなくて…、そこも問題だけど」
「そもそも、システム開発、研究がそのチンチクリンにできるのかって話だよ!」

 アライにチンチクリンと呼ばれて、みゆきは眉毛をぴくりと上げた。
 それに対して、コウがみゆきの前に手を伸ばして静止した。

「この子はすでに高校生で学習する範囲は終えてるから、必要な勉強は私がマンツーマンでついて教えるよ。あとは、自分でなんとかするだろ」
「は?」

 アライが息を呑んだ。
 みゆきが優秀であることは、耳にしていたがそこまでとは思っていなかった。

「とりあえず、まだ時間もある。みんながみゆきに力不足を感じたら、私に言ってくれて構わないからそれからでいいだろ」

 そう言われてしまっては、総責任者であるコウに対して文句を言えるものはいない。自然と無言で同意する形となった。

「みゆきちゃん、これからよろしくね」

 カナタがみゆきに手を伸ばして握手を求めた。
 みゆきもそれに応じると、頭を下げた。

「それじゃあ、みゆきちゃんはなんて呼んだらいいかな?」

 みゆきが首を捻った。

「ここでは、仲間同士を呼ぶときの名前をそれぞれ決めてるんだ。大体は、名前だけどね。アライのように苗字で呼んで欲しい場合もあるし」

 話を振られたアライが首をそっぽを向けた。
 数秒の検討の後、みゆきは口を開いた。

「シスター、でお願いします」
「お、自分の名前と全く違うのきたね。どうして?」
「私は姉だから」

 なるほど、とカイは納得した。
 コウ、カイ、アライ、ハルカ、カナタ、シスター。

 これで6人が揃った。
 このとき、数秒で決めた名前を長く使うことになることをみゆきは、このときまだ、知らなかった。

**2037年12月31日**

「お、日が落ちてきたぞ。時間経過による天候、背景の変化もバッチリだな」
「あのー」
「ん?」

 何を気にしない様子のカイにハルカが声をかけた。

「どうして、私たちは年末まで開発してるんでしょう」
「そりゃ、総責任者があれだからだろ」

 指差した先には、笑顔でヘッドギアを被り、VIWの開発に没頭するコウの姿があった。現在は、AIによるサポートと音声認識、視線誘導による入力まで可能なため、手をほとんど使わずとも開発を行うことが可能となっている。コウの場合は、空いた手も含めて6画面同時操作も行なっている。

「無理してこなくても、いいんだぞ」
「あ、いえ、それは…」
「そんなに嫌なら、帰れ」

 2人の話にアライが後ろから割って入った。
 目にクマを作ってアライは、キツそうにしている。

「べ、別に嫌なんて言ってないでしょ!あんたこそ、何よその目のクマ。寝てないんじゃないの!」
「は、どうでもいいわ。お前には関係ないだろ」
「関係大有りよ、あんたのところでミスがあったら私の作業が増えるかもしれないでしょ」
「そんなチンケなミスするかよ」
「するかもしれないでしょ」

 2人の様子を見ていたカイが苦笑した。

「2人は今日くらい帰って、一緒に年越しでもしてきたらどうだ」
「「どうして、こいつ【アライ】と一緒に」」

 2人の声が重なった。
 素直じゃないハルカとハルカの気持ちに気づかないアライ。

 まだまだ、時間がかかりそうだ。
 そのとき、みゆきが3人に近寄ってきた。

「コウから、通達です。2人はうるさいから帰れだそうです」

 コウは相変わらず、ヘッドギアをつけてモニターに向かっている。
 中々、会話をする機会が作れないコウとのやりとりをこのようにみゆきを通して行うことがあった。

 ハルカとアライは、むむむと考えた後に荷物をまとめた。

「お前のせいで…」
「うるさいわね、送っていってあげるから私の車で帰るわよ」

 グイグイとアライの背中を教えて、2人は部屋を後にした。

「コウさんも周りのことを気にすることがあるんだね」
「いえ、さっきのは私の独断です。ダメでしたか?」

 その言葉にカイがぷっ、と吹き出した。

「みゆきちゃんも、強くなったね。コウさんに似てきた」
「褒め言葉として受け取ります。でも、ここではシスターです」
「ごめんごめん、2人のことを気にしてくれてありがとう」
「いえ、私は自分の研究がしたかっただけなので」

 みゆきは、そう言い残すと自席へと戻っていった。
 しばらくすると、思い出したようにさちが遊んでいる部屋へと足を運んだ。

 研究室と隣接している部屋を1つをさちのための部屋としている。
 そこには大量のおもちゃや勉強道具が置いてあり、壁には大量の落書きがされている。部屋に入ってきたみゆきの姿にパーっと表情を明るくした。

「みぅき!」

 ぎゅっと抱きついてきた妹をみゆきは優しく抱きしめた。

「1人でいい子にしてた?」
「うん、これ全部終わったよ!楽しかった!」

 さちの隣には、いくつもの算数やドリルなどがおいてある。それらは当初さちの暇つぶしのためにと誰ともなく持ってきたものだったが、気づけばさちは片っ端からそれらをこなして吸収していった。

 学習速度で言えば、みゆきを超えるかもしれない。

「いい子だね。もう少ししたら、お姉ちゃんも終わるから一緒に帰ろう」
「うん、じゃあこっちの図鑑読んで待ってるね」

 分厚い動物図鑑を手にしていた。
 その本は、開いたページの動物がホログラムで現れて見ることが出来るのでさちは特に好きな図鑑だ。

 その姿を見届けて研究室に戻ると、カイとコウが話をしていた。

「では、長時間のログインを想定して、居住可能なことを前提とした設計で進めますね」
「ああ、VIWは新しい楽園として住むことを目指す」

 それは兼ねてより母が口にしていた言葉だった。最近では、自分もそれを念頭に研究している。

「コウ」

 自分の母親とはいえ、同じ研究者としてここでは声をかける。

「はいはい、どうした?」
「そろそろ、さちと帰るけど、どうする?」
「私のことは気にするな」
「分かった」

 親子とは言え、みゆきは母に対して一緒にいたいというような感情はあまり無かった。

 でも、さちに対しては強く家族として寄り添い、共にいたいと思っている。

 みゆきは、カイに頭を下げると研究室を後にした。そして、さちがいる部屋に行くとさちの手を握り、研究施設を後にした。

 その道すがら、偶然、ハルカとアライの2人とすれ違った。バイバイ、と声をかけてくれるハルカに頭を下げて、アライが無言ですれ違うかと思ったとき、

「気ぃつかわせて悪かったな」

 声をかけられて振り返ると2人は通り過ぎた後で、その後ろ姿を追うだけとなった。

 全く、素直じゃないというか、気づいているなら言ってくれればいいのに…。

「みぅき?」

 さちが顔を覗き込んできた。

「大丈夫、いこ」

 改めて、さちの手を引いて歩き出した。

 このとき、みゆき9歳、さち2歳。
 普通とは違う生活だったけど、幸せだった日々。

 2人の苦難が始まるのは、もう少し先の話だった。

 16話に続く

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