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「World Is Myself」第17話(第5章)
**第4幕**
空を仰ぐと、薄い雲と青く染まった晴天。
仮想空間での天気は、事前に半年分の予定情報と1ヶ月分の確定情報が公開されているのでスケジュールを立てやすくなっている。
その為、この天気は偶然ではなく決められたものだ。未来がわからないドキドキがなく、決まった天気になるのは嬉しくも悲しくもある。
「でも、今日は晴れてよかった」
待ち人のことを思いながら、わたしはつぶやいた。今、わたしがいるのは、アイランドにあるABCカフェの窓際のテーブル席。
わたしは1日だけ間を起きたいとみんなに連絡をして、アライさんたちとの話を聞いた翌日、つまりは今日、ある人と待ち合わせをすることにした。
ここで人を待つのは、2度目だ。
そして、待っている人は、前回とは違う。
「さちちゃん、お待たせ!遅くなってごめんね」
わたしは、声が聞こえた方を向くと、
「いいえ、カノンさんこそお忙しい中ですみません」
鍔付き帽子を被ったカノンさんがそこにいた。
「今日は、夜までは時間があったから大丈夫だよ」
カノンさんは正面に座って、アイスコーヒーを注文した。
数分のうちに、店主のおじいさんが持ってきたアイスコーヒーがカノンさんの目の前に運ばれてきた。
「さて、こうしてお話するのは2度目だね」
「はい、突然のお誘いで来てくださって嬉しいです」
「力になれるときは、いつでも力になりたいから言ってくれていいよ」
向けてくれた笑顔が眩しい。
「ありがとうございます。1人じゃどうしても、答えが出なくて」
「大切な悩みって言ってたけど、相談相手は私でいいの?」
「はい、変な言い方になりますが、大人の人でわたしの弱い部分を真っ直ぐに受け取めて下さると思ったので」
「それは、嬉しいかな。教えて、貴方の大切な悩み」
わたしは、カノンさんの目を見てアライさんと愛さんの話を語った。
お母さんのクローンアバターによる実験やそれによって生まれた愛さんの存在、姉の心臓移植でなら生き残れるという現実。
そして、その姉がこれまで自分を側で支えてくれていたシスターであったこと。
わたしが話をしている間、カノンさんは黙って聞いていてくれた。
「多分、姉は知っていたんじゃないかと思ってます。心臓移植の可能性のこと。そのことをわたしに知られたくなくて、ニライカナイに行かせたくなかったのかもしれないです」
わたしは、言葉を区切って続けた。
「わたしは、このままわたしが思うままに行動を続けていいのでしょうか。わたしが思うままに行動し人を巻き込むことで、また苦しむ人が増えてしまいそうで、怖い・・・です。いっそ、わたしがいない方が・・・」
そこまで言葉を紡いだわたしの口をパシッと、カノンさんの両手がわたしの頬を押さえて塞いだ。
「それ以上は、言わなくていいよ。口にするのは、君自身に失礼だ」
わたしが喋る意思を失ったことを確認した上で、カノンさんは両手を離した。
「結論から言えば、さちちゃんのお母さんやお姉さんがどんなことを考えて、どんな行動を取ろうと、仮に今後周りの人が君の行動に触発されてどんな行動をとったところでさちちゃんには全く非はないし、関係しない。さちちゃんが思うままに行動して、好きに生きればいい」
有無を言わさない目力と雰囲気でカノンさんは断言した。
わたしが反論しようと口を開くのを察して、言葉を続けた。
「そもそもの大前提を間違えている。さちちゃん以外の人物は、全員さちちゃんの人生には関係ない。さちちゃんのためにとか、さちちゃんのためを思ってとか、そんなことは一切合切、さちちゃんには関係ない。ただ、その周りの人間が自分たちがやりたいから、やっているだけ。それぞれの判断で、自分の人生の時間を使ってやりたいことが偶々さちちゃんのためになっているそれだけなんだ」
「でも、愛さんやクローンアバターのみんなは、自分からそうなったわけじゃない!みんなわたしなんかを生き残らせるために、利用されているだけです」
「それも関係ない。その責任を負うべきは、さちちゃんのお母さんであってさちちゃんじゃない」
「そんなことは分かっているんです!でも、そうじゃない!わたしがこうしてここにいることが、わたしの責任なんです!」
自然と、声を荒げていた。
周りの人がチラリとこちらを見るのが見えた。
少し落ち着いて、声を落とした。
「わたしがいることで、周りに迷惑がかかる」
「ちがう」
「わたしがいることで、悲しむ命が生まれてしまう」
「ちがう」
「わたしが生きたいって願うことで、誰かが苦しむ」
「ちがう」
「誰かがわたしの為に苦しむのはわたしが苦しむのより嫌です、、」
それまで厳しい表情を浮かべていたカノンさんの表情が柔らかい笑みをこぼした。
「それも分かってる」
自然と、涙がこぼれ落ちた。
「わたしはただ、自分が納得できる生き方をしたいだけなんです。なのにどうして、わたしの知らないところで、わたしが納得できないことで、わたしのことを解決しようとするのか。わたしには分からないです」
「それだけ、さちちゃんのことを自分ごとのように考えてくれてる人がいるってことだよ。それは誇っていいと思う。だけど、他人が勝手にやっていることまで首を突っ込んで支えて上げる必要はないんだよ。私だってそうだよ。今こうしているのは、やりたいからやっているだけなんだ」
それだけ告げると、頭を撫でてくれた。
「考えすぎて、辛かったでしょ。私も経験があるから分かるよ」
「ごめん、なさい。わたし、答えが出ないことを聞いてるって、分かってるんです……。でも、」
「だから、気を遣わなくていいの」
「は、はい、ありがとう…ございます」
やっぱり、わたしはまだまだ子供なんだと思い知る。
カノンさんは、答えが出ないことだと分かったうえで、全てを理解したうえでこの場にいてくれているんだ。
カノンさんと出会えてよかった。
わたしの話を受け止めてくれる人がいてくれるだけでも、きっとわたしは幸せものだ。
「辛くても、それでも、さちちゃんは他人がやっていることまで背負うつもりなんだね」
「分かるんですか…?」
「分かるよ。出会ってからそんなに経ってないけど、さちちゃんは優しい子だから」
「いえ、そんなことありません。わたしはただ、自分が納得できる生き方をしたいだけなんです」
わたしの言葉に、カノンさんは『そっか』と口にした。
「それなら、1つ1つ直接話して解決するしかない」
「それって」
「うん、お姉さんとお母さんと話をつけてきなさい」
「……はい」
「怖い?」
「はい、少しだけ」
「大丈夫だよ、話を聞いてる感じ2人ともさちちゃんのことを何よりも大切に思ってるから」
「…はい!」
顔をあげて力強く返事をするわたしをみるカノンさんの表情は、向日葵のように綺麗で明るい笑顔だった。
「よし、じゃあ、私から力注入!」
カノンさんが突き出した拳にわたしの拳を突き合わせた。
「頑張れ!」
「はい、ありがとうございます!」
わたしは、目の前のジュースを飲み干すと、お金を置いて早速お店を飛び出した。
****
残されたカノンは、1人、今のさちの話を思い出して思考をめぐらせていた。さちの母親の考えは行き過ぎていると思ったが、彼女にいうべきことではないと判断して言うのを控えた。
加えて、さちにはあのように前向きな言葉をかけたが、今後さちが母親と言葉を交わす中で、どんな危険が及ぶかわからない。念には念を入れておくか。
そこまで思考を整えたところで、うん、とカノンの中で1つの結論が出た。
左手の親指、人差し指、中指を合わせた後、弾くように開くとモニターが画面上に現れた。
連絡する相手を選択する。
勿論相手は、来栖だ。
『花音、どうした?今日は用事があるから、夜間の予定を2時間ずらしたんじゃなかったか?』
「うん、こっちの予定は終わったよ。ただ、ちょっとお願いしたいことが出来ちゃった」
『分かった、これから合流できるか?』
「勿論、私もそのつもり」
『分かった、じゃあいつも通りワンダーランドで』
「うん、ありがとね」
『馬鹿、頼られることを嬉しく思わないやつはいないよ』
「ふふ、来栖も優しいね」
『『も』、てことはさちちゃん絡みか』
「よく分かったね」
『花音の交流関係の狭さを俺が知らないとでも』
「ぐぅ…」
『まあ、冗談はさておき、花音がやりたいことなら僕はいつでも全力でサポートするよ』
「流石、私のパートナー!」
嬉しくなった花音から少し大きな声が出た。
「ねえ、来栖」
『うん?』
「私、さちちゃんにね。何も気にせず、頑張れって背中を押したの。だから、何かあった時の背中を守るのは大人である私の役目だと思うんだ。だから、力を貸してほしい」
『分かった、付き合ってやるよ。じゃあ、また後で』
「うん」
目の前のモニターがパチリと閉じた。
連絡が終わって、手元のアイスコーヒーを一口飲んだ。
ここまで誰かのために何かをしたいと思ったのは、来栖以外では初めてかもしれない。
自然と笑みが溢れる。
誰かのことを思って行動するのは、嫌いじゃない。
幸せを感じる瞬間とも言える。
カノンにとって、数少ない大切な人ほど関係を大事にしたいのだ。
荷物を持って立ち上がると、さちの飲み代と合わせてお金を置いて、
奥にいる店主へ声をかけた。
「ここに置いておきますね」
店を切り盛りしているお爺さんの店主は、軽く手を振って答えた。
カノンはそれを見届けて、店を後にした。
****
店を出たわたしは、真っ直ぐに教会へと足を運んだ。はやる気持ちを抑えながら、足早に向かう。
聞きたいことは山ほどある。
伝えたいことは星ほどある。
だけど、真っ先にやりたいことがあるんだ。
普段と同じ、教会の木の扉が『ギー』となって開いた。
中の景色は、いつもと変わらないものだった。
左右に均等に並んだ椅子。
十字架と祭壇、奥には綺麗なステンドグラス。
そして、その前にはいつものように祈りを捧げる人物が立っていた。
金髪で長身、そして力強い口調と雰囲気で憧れの存在だった。
そして、今も。
わたしは、一歩ずつ近づいて、目の前までたどり着いた。
それを察して、彼女、シスターは振り返ってわたしを見た。
「おっそい、どんだけ待たせるんだ」
その表情は、いつもよりも浮かないことは明白だった。
「待ってなんて言ってないし、勝手にわたしを置いてどこかにいったのはそっちじゃん」
「それはそうだが…」
歯切れ悪く頭を掻く姿を見せるシスターが、珍しくてクスッと笑いが出た。
「初めて会ったときのこと覚えてる?」
「ああ、さちがここにきて不貞腐れてたな」
「そ、神様に文句言いに行ったら神様よりも頼りになる修道士様と出会っちゃった。あの時の言葉がわたしを支えてきた」
「さち……」
「今でも、わたしのこと最強だって信じてくれる?」
「当たり前だろ」
「そっか、なら……」
わたしは、最後の一歩引いた距離からシスターの目の前にまで詰め寄った。わたしの身長は、シスターよりも頭ひとつ分低い。
だけど、精一杯背伸びをして、その瞳を強く見つめた。
「わたしから、逃げないでよ!」
「!!」
シスターが目を開いて、口が少しあいて驚いた表情をした。
わたしがこんな大きな声を出している姿を見たことがないからだろう。
構うもんか。言いたいことを言ってやる。
「わたしに黙って裏でこっそり動くことが私の為だと思ったの!?冗談じゃない。わたしのこと信じてないのは、シスターじゃない!」
「そのこと、カイから聞いたの!?」
「アライさんって人だよ」
「あんにゃろ……」
「わたしは弱いよ。話を聞いて、涙が止まらなかったし、逃げ出したくもなった。それでも、逃げ出さないって決めた!だから、ちゃんと言ってよ!シスターの口から聞きたい。お願い…」
「さち……、でも、さちが納得出来ることだけじゃないよ。悲しい選択を迫られることもある」
喋り方がシスターから、お姉ちゃんのものに変わってしまった。それだけ余裕が無くなってしまったのだろう。
わたしにとって、憧れだった2人が同一人物だったことは今更ながら驚きもあるけど、納得もできた。
「だーかーら、勝手に決めないで!わたしが聞いてわたしが決めたいの!」
もはや、子供のわがままみたいになってきた。
その様子を見ていたシスターの雰囲気が変わった。
「さちの気持ちもわかる。でも、辛い思いをさせたくないっていう姉の気持ちもわかってよ!なんでもかんでも、伝えればいいってもんじゃない。あなたに泣いて欲しくないんだ」
ずっと、姉とシスターという殻を被っていた『橘みゆき』という人の内面が見えた気がした。
「そんなのお姉ちゃんが、わたしに話すのが怖かっただけなんじゃないの!」
「そうだよ!」
煽ったつもりだったけど図星だったのか、即答で答えてきた。表情は、もうぐっちゃぐちゃ。強気な雰囲気はない。余裕なんてとうに消えている。
「ずっと側にいたかった。何よりも大事な存在だ。さちがどうやったら、幸せに暮らせるかだけがわたしの望みだった」
ぎゅっと、抱きしめられた。こんな強い抱擁をこれまで受けたことない。
「お姉ちゃん…」
「いつかは伝えないといけないと思っていたけど、私に勇気が出なかった。さち、ごめんね」
「んーん、お姉ちゃん。ずっと、守ってくれてありがとう」
抱擁を返して、2人で気持ちを確かめ合った。
初めてお姉ちゃんとこんなに気持ちをぶつけ合えて嬉しい。
聞きたいことは山ほどあった。
伝えたいことは星ほどあった。
だけど、1番やりたかったことをできたから、まあいいや…。
「お姉ちゃん」
「何?」
「お母さんを止めよう」
「やっぱり、そういう話になるか」
「うん、わたしが嫌だ。お母さんに続けて欲しくない」
はー、と大きなため息をお姉ちゃんがついた。
「言い出したら、止まらないよな」
「もちろん」
お姉ちゃんはポンと、わたしの頭に手を置いた。
「一緒に行こう」
お姉ちゃんの言葉にわたしは、笑顔で肯定した。
***
暗闇が空間を包むように、人気や物音の全てが吸い込まれるように静けさが広がっていた。
その中で1人の女性が一心不乱に、視線移動とタイピングと舌を鳴らす音声認識で8台ものPCを同時に動かし続けている。
その表情に感情は感じられず、自分の目的を果たすためだけにその場にいることがわかる。
そんな中、1つのPCから甲高い音が鳴り響き、結果がモニターに表示された。それを見た女性の表情に初めて、感情が見えた。
それは、歓喜と狂気が混じり合った笑みだった。
「やっと、やっと完成した!これで、さちが幸せになれる!!」
その表情も暫くして、困惑に変わった。
「さち…、さちって、誰だ?」
長い年月は、彼女の記憶を混濁させた。
それは目的を見失う程に。
ふらふらと立ち上がった彼女は、デスクの端に置いてあった1枚の写真を手に取った。
そこには、女性と2人の娘と映っていた。
「そう、私は助けるんだ、あの子を」
ふらふらと歩き出した女性の瞳には、光は灯らずただ入力されたシステムのように、身体を動かし始めた。
18話に続く