World is Myself Side Story 〜花音&来栖〜2

 第2幕
「来栖くん起きなー」

 聞き慣れた女性の声で目を覚ました。
 自分のことを君付けで呼ぶ人物は、1人しかいない。

「彩奈さんおはようございます」
 身体をおこして、眼鏡を取り、そこにいるであろう人物に挨拶をした。

 周りを見渡して自分がいる場所が研究室であることを確認し、昨日は花音と会った後、明け方まで研究資料を読み漁ったことを思い出した。
 研究室に来て、仮眠を取るつもりが寝過ぎてしまったようだ。

 僕の名前を呼んだスカートスーツに身を包んだ女性の名前を越前 彩奈(えちぜん あやな)という。
 彼女を見た人は、就活生やOLさんと見間違うかもしれないがれっきとした 僕が所属する研究室のメンバーで、大学院2年にして自分の会社を持っている社長でもある。

 彼女の会社では、仮想空間で利用する衣服や小物、化粧品などの女性が利用する日用品の販売をおこなっている。最近では、学生で起業すること自体は珍しくないが、彼女のように年商1億を叩き出す猛者はそういないだろう。

 その為か、普段から彼女はスーツ姿でいることが多い。

「珍しいわね、来栖くんが研究しないで寝てるなんて」
「明け方まで調べ物していて眠れなかったんですよ」
「研究熱心ね。もう、お昼過ぎだしご飯でも食べに行かない。今日は私たちだけみたいだし」

 周りを見渡すと、確かに自分達だけしか研究室には来ていない。
 残りの2つの席は全て空席だ。

 断る理由もないし一緒に食事へ行くことにした。

「いいですよ、食堂でいいですか?」
「ええ、いいわよ」

 あえて確認を行ったのは、大学の周りにはいくつかランチをしているお店があるからだ。オムライス屋などは女性に人気らしいことを知っていた。

 やりとりを終えて、通信用の端末と時計だけを手にして研究室を後にした。

 食堂は研究室のある研究棟から歩いて、5分ほどの場所にある。
 100人ほどが座れる席があり、30品ほどの料理から選ぶことが出来る。
 4人席の丸テーブルと8人掛けの長テーブルがレストランのように混在して並んでいる。
 テレビ会議や仮想空間へのログインができるように奥まった場所に個室のテーブルが存在する。基本早めにとられるため、取りづらい席だ。

 日替わりで変わるランチが学生の間では人気がある。
 今日は生姜焼き定食だ。

 入り口近くに購入用の機械があり、ここで選んで中に入る。
 タッチ画面から商品を生姜焼き定食を選択し、支払いは端末をかざして終わらせた。最近では、以前のような銀行は無くなり、仮想通貨で支払いが可能となったため、チャージの概念はなく楽に支払いを完了させることができる。

 中に入ると、食堂のおばちゃんたちがすでに注文した食事が準備に入っていて端末をかざしたものが順次提供されている。

 僕がお盆を準備すると、すぐに生姜焼き定食が置かれた。
 事前に作られているから、出てくるスピードが速いのも食堂の利点だ。

 周りを見渡すと、個室席の前で彩奈さんが手を振っているのを見つけた。

「席取りありがとうございます」

 席について、すぐに声をかけると彩奈さんはニコリと笑い、

「ちょうど、席を離れる所だったから譲ってもらったの」

 彼女は男女問わず人気があり、知り合いも多いのでそれが真実なのかは定かではないけど、僕は恩恵に預かった身なので何もいうまい。

「いただきます」

 2人で手を合わせて食事を取り始めた。
 彼女はカルボナーラを食べている。

「最近、仕事の方はどうなんですか?」
「んー、ま、順調かなぁ。今度またイベントするから、その商品を開発中」

 さらっと返事をくれたけど、順調に15人と仕事を共にしながら学生やってる時点で普通じゃないよなぁとしみじみと思う。

 彼女に限ったことではないが、つくづくうちの研究室のメンバーは規格外だと思い知らされる。

「ちなみにこの商品なんだけど、何かアドバイスないかな?」

 渡された端末からホログラムのように目の前に商品が映し出される。
 僕はそれを360度回転させながら軽く光に当てる。

 多分、コラボ先と提携したTシャツだ。
 シリアル番号が付与されていて、限定品のようだ。

 目立つ位置にコラボ先のロゴが入っている。
 白地のTシャツにピンクでカッコよく文字が入っているが、大きすぎる気がする。

 「Tシャツは、コラボ先のロゴが大きすぎる気がします。どちらかといえば、白地をもう少し増やしてメリハリつけて文字フォントを少し柔らかくした方がイメージに合うかもしれません」
「十分、ありがと。相変わらず、ビシビシ言ってくれるから助かる。あんまり、肩書きばっかり重たくなると肯定しかしなくなる人も増えて参るよ」

 彩奈さんが小さくため息を漏らした。
 そのタイミングで手元の端末が赤いランプを灯してなった。

 あ、と彩奈さんが嫌そうな顔をして僕をチラッとみた。
 どうぞ、手をひらを向けると肩をすくめながら連絡にでた。

 連絡に出ると、テレビ電話が映し出された。

「何?今、ご飯中なのだけど」
「社長すみません、緊急で確認がしたかったので」
「それはいいけど、どうしたの?」
「先日のコラボ商品の話なんですが、先方が商品を増やしたいと言われていまして」
「この前、期限的無理ってことでお断りしたじゃない」
「それが、やはりもっと大々的に売り出したいということで要望が・・・」
「今の商品でも、短期納期なのにもう1つ増やすなんて無理よ」
「いえ、あの・・・」
「え、?」
「2つ欲しいと・・・」

 それを聞いた瞬間、彩奈さんから表情が消えた。
 えーと、だいぶん話を聞いてしまったが、そろそろお暇した方がいいかもしれない。

 ゴゴゴゴゴと音がしそうな雰囲気を漂わせている。
 先ほどまでの順調という言葉が嘘のようだ。

 僕に軽く目線を向けると、ゴメンと軽く手を上げて合図した。

 食堂に彩奈さんを置いて、先に研究室に戻ることにした僕は少し外に出て、散歩でもすることにした。

 大学の校内は中庭が広く設けられており、ベンチが設置されていて休むことができるようになっている。その一角の大きな木の下にあるベンチに腰掛けた。

 今日は天気が良くて風が気持ちいい。
 もうすぐ、梅雨入りすることを考えるとこんな気持ちの良い天気もしばらくお預けかもしれないと思ってしまう。
 寝不足も相まってあくびがでた。うとうとして、船を漕いでいると目の前に人が近づいてきていたことに気づかなかった。

「先輩、お疲れ様です!」
 突然のように話しかけられて身体がびくりと持ち上がった。

「あ、すんません、寝てました?」
「いや、うとうとしてただけ。今日は早いな」
「うっす、ようやく、大会がひと段落したんで研究のほうを本腰入れますよ」
「大会どうだった?」
「もち、優勝っす」

 嬉しくて思わず、拳を突き出すと鈴丸がこぶしを合わせてきた。
 彼の名前は鈴丸 王(キング)。
 なかなか、名前負けすると辛い思いをしそうな名前をしているが、
 全く名前負けしないだけの実績を持った男だ。

 仮想空間で最近はやりの格闘ゲーム『フルアトラクティブ』というゲームで、日本でランキング1位、世界で8位という成績を残しているつわものだ。
 ゲームのために大会の賞金を使い、一軒家を購入した。
 3Dプリンタの住宅も流行ってますし最近はかなり安く買えますよと笑っていったが、平屋4LDKの防音、6Gネットワーク完備でセキュリティも万全、キッチン周りなど自宅全体的に最新設備のオンパレードで、オーダーメイドとなれば新築5000万円以上することは知っているので素直に尊敬する。

「じゃあ、研究室戻るか」
「邪魔したみたいですんません」
「いや、ちょっと休憩してただけだから。あ、彩奈さんいても今は話かけないほうがいいぞ」
「会社のほうでトラブルっすか?」
「そ」
「俺、地蔵になります」

 男2人、地蔵になることを心に決め研究室に向かった。

「むむむむ・・・」
 宙にキャラクターのフィギュアが映し出されている。
 触れると回転したり、色がついたり、形を変えたりしている。

 これは、エアクリエイトと呼ばれる技術でモニターを介さず、映像を立体的に再現して、直接造形するように3Dモデリングを行うことができる。

 真剣な眼差しで向かうその姿を横目で見ながら、僕達2人は自席に着いた。見る人が見たら、そんなこと自宅でやれよと言われるかもしれないが、彩奈さん曰く研究室が一番集中できるらしい。

 気持ちはわかるので、もはや言わないお約束というやつだ。

 決めていたように地蔵となり、それぞれの端末に向かうことにした僕は、残る1つデスクに視線を送った。

 そこはうちの研究室の最後の1人、リーダーポジションの大学院2年の先輩の席だ。名前を『大塔 淳(だいとう あつし)』。
 これまで10回も見たことがなく、大体2週間に1度くらいのペースでくる。
 研究自体は来たタイミングでとんでもない速度でこなしていくため、遅れがないのは素直に凄いと思う。研究発表の際にも参加して、その場の全員を圧倒する。

 そんな人物だが、今日は来ていない。
 普段何をしているか、謎多き人物だ。

 ちなみに研究テーマはそれぞれの仕事や得意分野であることが多い。
 鈴丸は、
『効率良く仮想空間で動作するためのネットワークと周辺機器の相性と親和性について』

 彩奈さんは、
『仮想空間で現実の素材をリアルに再現・表現するための考え方と手法について』

 大塔先輩は、
『仮想空間を居住空間として永続性、継続性を将来的に整えるための必要条件について』

 だが僕は、まだ決まっていない。
 断っておくが、研究をしていなかったわけではない。
 大学時代は、卒論まで提出し、学会でも発表している。

 だが、現在はざっくりと、
『現実空間を仮想空間に再現する際の再現度の限界について』
 の研究をしているが特にこれをして、やりたいことがあるわけではない。

 何か、自分が人生かけて成し遂げたいことを探しているけれど、まだ見つからない。どこかスッキリしない気持ちのまま、端末へ向かう。

 3時間ほど経って、日が傾いて夕日が見え始めた頃に「おわっっったああ」と歓喜の声が聞こえた。意外に早かったことに素直に驚いた。

「彩奈さん、お疲れ様でした」

 振り返り、話しかけた。

「ありがとー、もう一つは別の人に任せちゃった。2人とも気を使わせてごめんね。今日は奢るから打ち上げをしましょー!」

 彩奈さんは立ち上がると、そう宣言した。

「いいっすね、じゃあ、俺の家に集合でいいっすか」

 流れるように鈴丸が、彩奈さんの提案に乗った。
 鈴丸の家に集まるのは結構良くあるパターンなので、鈴丸も気にしなくなっていた。

 僕も特に用事もないため、いいですよ、と二つ返事でOKした。

「じゃあ、2時間後に鈴丸の家に集合ね」

 荷物を持つと、飛び出すように彩奈さんが出て行った。

「先輩は俺と一緒に帰りますか?」

 聞いてきた鈴丸に首を横に振った。

「教授に話があるから、先に帰ってて。後から行くよ」
「了解っす」と首を縦に振って、鈴丸も出て行った。

 一気に静まり返った研究室を後にして、僕は廊下を挟んで向かいの部屋に行き、戸を叩いた。返事はない。

「失礼します」

 良くあることなので気にせず入った。
 部屋に入ると目に入るのが、机の上に山のように積まれた本と5台ほどある端末とモニター。
 その奥に椅子にもたれかかるようにして、目を瞑っている女性がいた。
 彼女の頭には大掛かりなヘッドセットがついている。

「橘教授、ちょっといいですか?」

 肩を叩くと、瞬間覚醒するように目を見開いた。

「おう、どうした来栖?」

 相変わらずの少し乱暴な物言いで声を発したのが、僕の尊敬する教授「橘 コウ」その人だ。

「研究内容について、もう少しだけ悩んでもいいですか?今やっていることでも十分に興味深い内容なのですが、やはり自分で決めた内容でやりたいので」
「いいぞ、好きにしな。お前のポテンシャルの高さを、私は知っている。中途半端なところで落ち着くより、好きにやりたいことやりな」
「買い被りすぎですって・・・」
「自分じゃわからないものさ。なんにせよ、気にするな。もういいか?」

 橘教授は、起きてる時間の方が少ないほど、仮想空間へ入っている時間が長い。特に特注のヘッドセットを常時装着していて、歩いている途中に仮想空間へログインした際は、こちらで介抱しないといけないので大変だ。

「はい、ありがとうございます」

 一礼して、部屋を後にした。
 悩んでいいとは言われたが、早めに決める必要はある。

 頭を掻いて、「どうしたもんかな」と自分にしか聞こえない声で呟いた。

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