「World Is Myself」第11話(第4章)
**第3幕**
「せーかいは、せーまいー♪せーかいは、おーなじー♪せーかいは、まーるい♪ただひーとーつー♪」※1
軽快なリズムで私が大好きな歌を口ずさむ。
子どもの頃、お母さんに教えてもらった曲だ。
世界というものを意識していなかった頃の私は、この歌を聞いて思った。
世界とはなんだろう?
大好きなお母さんがいる場所?
この青空が続く果て?
分かんない分かんない分かんなーい♪
世界が狭いかなんて、分からない。
世界が丸いかなんて、分からない。
世界が1つかなんて、分からない。
だから、家を出た。
だから、世界を旅した。
そして、仮想空間に辿り着いた。
私は歌絵。
歌は、サウンド。
絵は、シーン。
私の名前は世界と同じモノで出来ている。
私の大好きな名前だ。
****
「あるこー、あるこー、私は元気ー♪歩くの大好きー、どんどんゆーこーおー♪」
草木が生い茂る山の中で、歌声が響き渡る。
跳ねるような爽やかな声は、歌い手が如何に楽しく歌っているかを物語っている。
「おーい、ちょっと待ちな」
歌い手である歌絵は、シスターに声をかけられて初めて後方の同行人が付いてきていないことに気づいた。
「あ、ごめんなさい!さちさーん、スノウさーん、大丈夫でっすかー?」
走って2人のところまで降りてくると、さちに手を差し伸べてきた。スノウちゃんにはシスターが。
そもそもの話だが、VIWでの体力、スタミナの概念は現実の身体を元に初期値が決定し、あとはVIWの中で鍛えたらその分増えていく。
その初期値は、どれだけ現実の身体が貧弱だとしても最低限普通の生活が送れるくらいには設定される。
それだけでも、私にとっては助かることなので忘れていたが、基本的に私の体力は限りなく最低値、小学生低学年レベルなのだ。
そんな私が山を登れば当然こうなる。
もう少し鍛えておけば良かった。
スノウちゃんは、私よりも体力はあって額に汗する程度だが、純粋に筋力が足りていないようだ。
「さちさん、ほら、もうすぐ休憩地点ですよ。そうだ、歌うのはどうですか?ほら、あるこー、あるこー、私はげんきー!」※2
「あ、る、こー、あ、る、こー!」
わたしも歌絵さんの声に合わせて、歌ってみた。初めはキツかったが、自然と楽しくなって
、気づくと休憩地点へ到着していた。
「お疲れ様でしたー、休憩しましょー」
休憩地点には、屋根のついた木のテーブルがいくつか並んでいた。わたしたちはそこに並んで座ると飲み物を出した。
「あと、どのくらいで着くんだ?」
シスターが歌絵さんに聞くと、
「30分ほどです。ゴールが見えてきましたね!あ、あの景色、いいですね。素敵です、ちょっと描いてきます」
そう答えて背中のバックパックからキャンバスを取り出すと、たたたと駆けていき風景画を描き始めた。
わたしは、グッタリとテーブルに突っ伏してその様子を見ていた。特に表情を変えず、景色を眺めるスノウちゃんに思わず、
「スノウちゃんは意外に体力あるんだね」
「私は、時間があるときにトレーニングしているので」
「真面目だねぇ、、」
わたしの様子を見ていたシスターが徐ろに立ち上がった。
「野暮用で15分ほどログアウトしてくる。戻ってきそうになかったら、そのまま先に進んでくれ」
分かったと手をぷらぷらと振ると、シスターはログアウトして姿を消した。
「ねえ、スノウちゃん、このワールドのこと調べたって言ってたけど、知ってることだけでいいから教えてくれる」
「はい、良いですよ」
手のひらをすっ、と横にふるとモニターが出てきた。ニライカナイの全体図とそれぞれのエリアを指し示している。
これは受付でみせてもらったものとほぼ同じだ。
「ニライカナイというワールドは、仮想空間に永住を求めて生まれたワールドです」
「居住エリアがあること?」
「はい、見てください」
スノウちゃんが居住エリアと娯楽エリアを行き来するための扉を示した。
「居住エリアと娯楽エリアを繋ぐ扉は、娯楽エリアの南西部分にありますが、そのすぐ近くにショッピング施設が多く併設されています。これは、居住エリアの方が買い物を楽にするためでしょう。そこから、各施設へ繋がる船も出ていますし、私たちも頂いた水陸両用バイクがあればどこにでも行けます。基本的に居住エリアで暮らす人の為の構造になっています」
確かにスノウちゃんのいう通りだろう。こうして地図上で存在している施設を見ても、可能な限り現実にある生活の中で利用する施設を揃えている。
「ただし、そうなると、疑問に残るのがこの開拓エリアと研究エリアの存在です。研究エリアは居住エリアの更に奥に存在し、開拓エリアは研究エリアからしか入ることが出来ません。一般には、研究エリアでは各エリアの調整や施設の変更を行うことが主な目的と言われています。ですが、実はもう一つ噂されていることがあります。それが、」
「死者をクローンアバターとして蘇らせる研究をしている、というものです」
「死者を蘇らせるって。死んだ人を再現するってこと?」
「はい、眉唾ではありますが」
「そっか、シスターが言ってたきな臭い噂の話とも関係しているかもね」
「そうだと思います。なので、シスター様のおっしゃる通り、この娯楽エリア以外にはあまり近づかないほうが得策です」
スノウちゃんからも釘を刺されてしまった。
でも、わたしは。
「あのね、」
「おっ待たせしましたー」
横から、勢いのあるやまびこが聞こえそうな声量が飛び込んできた。
歌絵さんのスケッチが終わったようだ。
「早かったですね、歌絵さん」
「はいー、私描くときは、ぱぱぱーっとイメージのまま描いてあとで色塗り清書するんですよ」
なんとなく、下書きだけで終わらせたという意味と捉えた。
「シスターさんはいらっしゃらないですね。待ちますか?」
シスターがログアウトして、20分ほど経過していた。
「あと、20分くらい待とうか」
そうして、追加で20分ほど待ってみたが、シスターが戻ってくることはなかった。
****
戻らなかったシスターを除く3人で残りの山を登り切って、遂に頂上に辿り着いた。
あれから、再び歌絵さんの手を借りながらなんとか息も絶え絶えに登り切ることが出来た。
歌絵さんが息切れしてないのは、わたしの中では人外の域に見えた。
「眺めが良くて、達成感が最高ですね」
ニコニコして嬉しそうだ。
「そういえば、歌絵さんはどうしてコウさんのところへ来たんですか?」
んー、と口に指を添えて考えた後に、
「ちょっとズルしてわたしの未来を知りたいなと思いまして」
今までの雰囲気から外れた妖艶な笑みを浮かべた歌絵さんがそこにいた。そして、歩きながら言葉を続けた。
「私、ずっと世界を知る為の旅をして世界中を巡りました」
頂上の森が開けた場所に一本の見上げても頂上が見えない大きな木があった。そこに向かって更に歩を進める。
「そして、ここ仮想空間に辿り着いて、世界を遂に知ることができました」
大きな木に手を当てて、コンコンとノックをするように叩いた。
「さちさんも見つけられるといいですね。貴方の答えが」
すると、大きな木に扉が生まれ、勢いよく開くとわたしとスノウちゃんだけが吸い込まれるように中に強い力で取り込まれた。
一瞬見えた歌絵さんは、元の屈託のない笑顔で手を振っていた。
****
中に入ると、そこは全面が木でできたペントハウスのような場所だった。ニライカナイの遠くまで見通せる場所で、テーブルや椅子、足場も全て木でできている。
4人ほどが座れる円形のテーブルに1人の女性が座っていた。白のタートルネックに、黄緑色のロングスカートを着て、白髪混じりの茶色の髪にはカールがかかっている。
その姿は、さちが知る姿よりも多く歳をとっているように見えるが、間違えもしない。
「ママ……」
言葉を失ってしまった。
いざ、目の当たりにすると思考が感情の置いてけぼりを食ってしまう。
そんなわたしの姿を目にして、先に言葉を紡いだのは相手の女性だった。
「ごめんなさい、私は貴方の母親なのか分からないの」
「え……」
「私は、自分のことを名前以外覚えていないの」
そう言って女性は、申し訳なさそうに困ったような笑みを浮かべた。
引用:
※1:「It's a small world」 レーベル:ポニーキャニオン
※2:さんぽ レーベル:スタジオジブリレコード
第12話へ続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?