World is Myself Side Story 〜花音&来栖〜1

 第1幕
「太刀掛 花音(たちかけ かのん)」という人物を僕が語るとき、必ず伝えることがある。
 それは、太陽のような笑顔を見せる人物だということだ。

 ありふれた比喩だと言われるかもしれないが、僕はそれ以上の例えを思い付かないため、しようがない。

 彼女との付き合いは花音が小学生2年生で僕が中学生1年生だった13年前まで遡る。

 両親が一軒家を購入したのに合わせて引っ越した先で出会った、幼馴染というには少し歳をとってからの出会いだった。

 学生の5年は当時大きく感じていたので、彼女のことを歳の離れた妹ができたような感覚で、人懐っこい彼女は、隣の家に住む僕に頻繁に会いに来ては、遊んでくれとせがまれた。

 彼女のコミュニケーション力なら学校でも人気者で、僕なんかにかまっている暇なんてないだろうに、と不思議に思っていたことを覚えている。

 だからかもしれない。
 自然と僕は彼女のことを恋愛の対象からは除外し、あくまでただの近所に住む活発で、見た目が可愛い、人懐っこい女の子程度にしか認識していなかった。

 そんな生活も僕が町外の高校に通うようになってから終わりを告げて、僕は何も考えず高校、大学、大学院へと進学して気づけばすっかり彼女のことを忘れていた。

 交わるはずのない僕たちの人生が、ちょっとした神様のいたずらで交差し複雑に絡み合い、離れ難い存在になるのは、ここからもう少し時間が経過してからとなる。

 彼女「太刀掛 花音」と僕「佐伯 来栖(さえき くるす)」。

 今なら思える。
 僕は彼女と出会うために今日まで生きてきたのかもしれない。

 気恥ずかしいけど、いつか彼女に伝える日が来る時のために記録として残しておこうと思う。

 まずは、再会から。

〜〜2042年6月10日〜〜
 その日は教授の研究発表が仮想空間で行われ、大学から出席してその帰り道だった。
 終わってからも長時間、その場に留まって研究についての考察の話が行われて中々退出することができなかった。

 6月とはいえ、20時を過ぎると日は落ちて辺りは暗い。
 田舎だからしようがないが、これまで海外で比較的都会にいたので、多少不便に感じる。

 海外の大学を卒業して、大学院を日本に戻ってきたのは尊敬する先生がこの学校にいたからだ。自分が大学入学時にはいなかったが、大学からの要望で教授として招かれたらしい。

 高校、大学と町から外に出ていたため、7年ぶりに地元に帰ってきた。
 ただでさえ、若手が減っていたことから大いに歓迎された。

 そんなこんな戻ってきてからの2ヶ月の生活は、研究と生活に慣れるので精一杯だった。だから、日本で何が流行っているかなどあまり気にしていなかった。

 普段から自転車通勤が多い僕はいつも通り、街灯が並ぶ道を自転車に乗って帰宅していた。僕が向かいたい道の街灯が僕が近づくことで自動で全点灯して道を示してくれる。

 最近はなんでも、通信で知ることができる時代なので例えば近くに車が近づいている場合は、腕につけているスマートウォッチが振動と共に危険を知らせてくれるし、自転車に備え付けのモニターで行先の状況を知らせてくれる。

 車は基本、自動運転で動いているしこちらの自転車の状況も近づいたら知らされる。

 それらを可能としているのが、6年前に行われた日本政府による全世帯および企業、施設に対しての行われた通信用端末の配布だった。

 小型PCを全世帯に配布して稼働させている限り、給付金を支給するというあり得ない政策が行われたかのように見えたが、結果は日本という国の発展に大きく貢献した。現在では海外からの転入者も一気に増加して、人口が増すばかりだ。

 加えて、すべての電気自動車にも同様の通信用端末の設置が義務付けられた為、あらゆる場所でネットワークの分散処理が高速で行われ、田舎でも不自由なく暮らすことが出来る。

 特に昨年公開された仮想空間VIW(ビュー)は、全世界の注目を浴びることとなった。現在では日本がメタバース先進国であり、一時落ち込んでいた日本経済も発展の道を辿っている。

 僕はそんな仮想空間に魅せられて、仮想空間と現実空間を繋げる研究をしている。いつかこの技術が何か世の中の役に立つ日が来ると信じて。

 しばらく、周りが田んぼだらけの道にそって進んで店が並ぶ町に入った。
 この辺りはまだ昔ながらの食事処や飲み屋が並んでいる。

 時々利用しているが、今日は家に食事があるため、真っ直ぐに帰宅するつもりだった。ただ、店から出てきた1人の女性に目を奪われた。

 黒髪に幼さを残しつつ、整った顔立ちでショートボブ。
 薄手のパーカーに花柄のロングスカートを着て、大人な装いをしている。

 こんな田舎にもかわいい子がいるんだな、と素直に感心していると、その子と目が合った。

 『やば、』と何をしたわけでもないけど、罪悪感と共に目をそらした。そのまま、何事もなく通りすぎようとした僕に、

 「来栖兄?」

 急に自分の名前を呼ばれて、思わずこけそうになった。
 自転車の緊急転倒防止用レバーが両サイドに出て、支えられながら後ろにいるであろう女の子を振り返った。

 先ほど目があった少女の瞳は少し泳いでおり、暫く近づいて僕の姿を確認するとパッと表情が明るくなってこちらへと駆け寄ってきた。

 「来栖にー」

 抱きつかれた勢いで倒れそうになりながら思い出した。
 花音の笑顔は太陽のように明るいことを。


 ******
「ねえ、来栖兄。もっと速度でないのー?」

「安全運転が大事なんだよ」

「えー、まあいいか」

 そう言って僕の背中に体重を預けた花音は、僕の自転車の補助席に座って僕に寄りかかっている。
 きちんとヘルメットをしての二人乗りなので問題ない。
 普段からヘルメットを備え付けておいてよかった。

「そういえば、帰るのは実家でいいの?」

「うん、そーだよ。来栖兄もうちでご飯食べてきなよ!」

「うちも晩御飯は準備されてるからパス」

「もう、久々の再会なのに」

「隣同士なんだ、そのうちまた会えるさ」

「そんなこと言って、2ヶ月も前に戻ってきてたってさっき言ったのはどこのどなたでしょーか?」

それを言われると若干耳が痛い。

「今度飯連れて行ってやるから、それで勘弁」

「じゃあ、それで勘弁したげる」

そう言ってにこーっといたずらっ子のような笑みを浮かべた。

やれやれと首を振る僕の様子を彼女は楽しそうに見ていた。

「それじゃあ、またね」

彼女の家の前で下ろすと、少し名残惜しそうに手を振った。

「またな」と、僕も振り返す。

たったそれだけで2人で遊んでいた時と同じような気持ちになれた。

彼女との日々がかえってきたことを密かに胸を躍らせていることを自覚して自然と笑みが溢れた。

家に入ると着替えをすませ、リビングで母さんが準備してくれたご飯を食べ始めた。

花音のことを話題に出すと、母さんはこともなげに
「あの子もストーカーに追われて大変よね」と言った。

「え、何それ?」

僕が驚いた顔をすると、「聞いてないの?」と意外そうに母さんが言った。

「あの子がアイドル活動してたのは知ってるの?」

ピンときてない僕に母が目を細める。

「あんた、興味ない分野でもニュースくらい見なさい。有名よ、花音ちゃん。可愛いし、歌を上手だから全国でファンも多いみたいよ。そこらへんのお店も地元だしグッズとか売ってたと思うけど、見てないの?」

「気にも留めなかった」

「あんたのその性格は、父さん譲りね。まあ、そんなことはどうでもいいわ。都会のほうで活動してたときにストーカー被害が酷かったみたいよ。今は悪い人がいると、なんでも調べられるから」

日本全体が高度化した反面あらゆる情報をネットを通すと得やすくなってしまった。
当然セキュリティも強固にされているが、突破出来る人ならばそれも意味をなさない。

「それで世間的にはアイドル休業して地元に戻ってきてるところ」

「母さん詳しいね」
「お隣さんに聞いたわ。奥さんと仲がいいから」

なるほど、井戸端会議も馬鹿に出来ないな。
先程まで見ていた花音からは、全然そんな素振りは見られなかった。
僕の口数が減ったのを見て、

「花音ちゃんと会ったの?」
「うん」
「貴方たち仲良かったものね。よく2人で遊んでたわね」
「そりゃあ、まあ、近所だったし、、」
「はいはい、それだけの関係でもいいから。あの子の力になってあげなさい。最近はお昼に家から出てないみたいだし」

少し考えたそぶりを見せて、「考えとく、ごちそうさま」と、口にして席を立った。

その翌日、偶然研究室が休みで、偶然予定が無かったという建前のもと、隣の家のチャイムを鳴らす自分に「ひねくれ者」と毒づいた。

「海だー、うーみーだー」
「見れば分かる」

引きこもり娘に母親の了解を得て、行きたいところを聞いたところ近くの砂浜だった。

もう少し、女子高生らしいところをイメージしていただけに拍子抜けした。

「行きたいとこあるなら、言ってくれたら奢るのに」
「いいの。来栖兄とここに来たかったから」

そう言ってはしゃぐ花音を見ながら、思い出すのは昨日の夜に調べた花音のこれまでのこと。

太刀掛花音がアイドルになったのは、高校1年生の16歳。
グループには所属せず持ち前の容姿と歌唱力で僅か1年で何万人もの観客を動員できるほどの人気となった。

それにより、身辺での問題が表面化し始めて、ついにはストーカーに誘拐されそうになる事態にまで発展した。

学校にも行けなくなった彼女は、休養して地元に戻ることになった、か。

アイドル時代は腰まであった髪を肩口まで短く切ったのも目立たないようにする為だろう。

言葉にすると短いけれど、彼女の葛藤や苦労を考えるとつい同情する気持ちになってしまう。
でも、きっと花音はそんなことは望んでいないのだろう。

「来栖兄どうしたのー?」
「なんでもない、ちなみにあれ何?」

 遠くに見える島に大きなドーム型建造物が見える。

「将来のわたしのコンサート会場らしいよ」
「嘘だろ・・、変なところに金使いすぎだろ」
「面白いよね」

くすくすと笑った。

「これからどうする?泳ぐ?」
「流石に水着は持ってきてないから、それはまた今度!」
「じゃあ、今日は?」
「話がしたいかな、来栖兄と」

水面を蹴って遊んでいた花音が砂浜に腰を下ろしたので、並んで僕も座ることにした。

「いろいろあったんだ」
「うん、ネットで読んだ」
「え、なんか恥ずかしいなぁ」
「大変だったな」
「うん、大変、、だった」

僕のイメージする大変と花音のイメージする大変はきっと重さが全然違う。
けれど、今のこの瞬間だけでも花音の重さを支えてあげることができたらうれしく思う。

それから、堰を切ったようにたくさんのことを花音は話した。
ときどき泣いて、ときどき笑って、ときどき怒って、花音の想いが溢れ終わるまで話を聞いて、気づいたら夜になっていた。

名残惜しそうにする花音を連れて家に帰ると、今夜は帰ってこないのかと思ったと言われ、花音が顔を真っ赤にしていた。

そんな1日を過ごして、また今度と手を振り合って約束した。

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