「World Is Myself」第3話(第2章)
**第2幕**
カノンさんのことを知ったのは、わたしが7歳のときだった。
病気の発症後で部屋にこもって、徐々に思うように動かなくなっていく身体に気持ちが負けそうになっていた時期だった。
そんなわたしの支えの1つとなっていたのが、音楽、特にカノンさんの元気で楽しい気持ちが溢れるような曲が大好きだった。
ひまわりが咲いたように弾ける笑顔が素敵で、仮想空間で行われる過去のライブを追体験できるイベントに何度も参加した。
そんな、わたしの大好きなカノンさんが、現在目の前にいる。
カノンさんはわたしに自分のことを言い当てられたことに狼狽しているみたいだけど、わたしにとってそこはさほど重要ではなかった。
例え、わたしを誘拐した人物がカノンさんだろうと、目の前にカノンさんがいるという事実のほうが圧倒的に重要なのだ。
わたしは自由になった身体を前進させ、カノンさんの手を握り言った。
「カノンさん!大好きです、大ファンです」
よほど予想外だったのか、カノンさんの表情が再び固まった。
わたしは手を握る力を緩めることなく、言葉を続けた。
「ずっと、過去ライブ見てきました。今日、初めて間近で見られるのを楽しみにしてたんです!」
ここにきてカノンさんは、ハッとした表情をした。
わたしが言っていることを理解して、また来栖さんとのことが勘違いだったことを察してくれたみたいだった。
「ありがとう、あの、ごめんなさい。わたし勘違いして」
「いえ、何も気にしてないです!」
「少しは気にしたほうがいいと思うけど、、」
あっけらかんと言い放つわたしの反応に、若干カノンさんが引いている。
流石になにも気にしてないは、言いすぎたか。本心だけど。
「細かいことは気にしないタチなんです。それよりも、大好きな人に会えた感動の方が大きいので」
「あなた、優しい子ね。名前を教えてくれる?」
「さちです!」
「さちちゃん、改めてごめんね。わたし来栖のことになると周りが見えなくなるから、、」
「そういえば、どうして来栖さんとわたしのことを勘違いしたんですか?」
「それは、、」
言い終える前に、わたしとカノンさんの間に割って入るように人影が滑り込んできた。
「この人から離れてください!」
スノウちゃんが普段聞きなれない大きな声をあげてカノンさんを威嚇した。カノンさんはそれを見ると、わたしたちを一瞥して何処かに去っていった。
その後、スノウちゃんを追って現れたのはシスターと来栖さんだった。
来栖さんの頬が赤く腫れている。
「場所を移動しよう。この馬鹿が何したのか状況を説明する」
シスターが話すのを聞きながら周りを見渡すと、街の横道の何処かなのか、街灯がなくて昼なのに薄暗い。
私たち4人は、個室が使えるラウンジへ移動した。
「こんの馬鹿は、あんたを囮してカノンを誘き出したんだよ。何してんだか、、」
来栖さんが正座させられているのがシュールだ。
「二人は、お知り合いだったんですね」
ふと沸いた疑問が口から出ていた。
「ああ、こいつが大学院生だったときの教授を私がしてたんだよ。いまはやってないけどね。今回も、そのつてでチケットを貰ったわけだけど、どうしてこんなことになってるのか解説どうぞ」
シスターから話をふられた来栖さんが、えー、と言いづらそうに話し始めた。
「昨日、教授、いえ今はシスターでした。シスターに本日の予定確認のために、ROUTE(連絡用アプリ)を使って連絡しましたよね。そのときの、やりとりをカノンに見られてしまいまして。誰と何を約束したのか勘繰られまして、軽い口論のすえに『君には関係ない』と言ってしまい・・・」
シスターが頭を抱えた。
恋愛関係に疎い私でも分かるレベルで、かなり禁句なのが分かる。
「来栖、8年前あの子とのことで苦労したのもう忘れてたのか・・・」
「いえ、その、忘れたわけではなかったのですが、つい、、」
「相変わらず恋愛には、からっきしなんだな。で、彼女が不貞腐れたままいなくなって困り果てたところにこの子が現れたから、優しさに甘えて仲がいい雰囲気を装って誘い出そうとした。だけど、気づいたら連れていかれていて、私と合流する時間になったから、今度は私に助けを求めたと。さちが私の連れなのは、事前に言ってたからね。迷子用のアプリを事前に入れといてよかったな」
来栖さんの言葉を引き継いで、シスターが経緯を語った。来栖さんが黙っているところを見ると、正解らしい。
私が来栖さんに話しかけたのは、偶然だったけど、スノウちゃんが助けにはいってくれたのは、偶然じゃなかったんだなと納得した。
「被告人、ギルティ。スノウ、そいつ処刑で」
スノウちゃんが笑わずに近づくのが怖い。
「ストップストップ、2人とも冗談やめて。わたしは大丈夫だったんだからいいじゃん」
笑うわたしにシスターが頭を小突いた。
「来栖のことは半分冗談としても、あんたはもうちょっと警戒しな」
「うん、ごめんね」
心から心配そうな表情を浮かべるシスターに謝った。
「兎にも角にも、カノンを探す必要があるが、どうする?」
シスターの言葉に来栖が口を開いた。
「僕1人でもう一度探してきます。多分、近くにはいると思うので」
うーんと、思考している中でふと思った。
「カノンさんって来栖さんのこと、大好きなように見えるのですが、お二人は付き合ってるのですか?」
「えっと、そうだね、そろそろ7年くらいになるかな」
「長いですね・・・、普段からカノンさんに好きとかそういった気持ちを伝えたりしてますか?」
「え、それって必要ある?付き合ってるのに?」
目が点になった。鳩が豆鉄砲を食ったようとはこのことだ。
「来栖、前にもいったけど、恋愛は理屈じゃなくて感情でやりな・・」
「はい・・・」
「で、でも、問題点がはっきりしましたよ!カノンさんに来栖さんの気持ちをぶつければいいんですよ。来栖さんもカノンのこと好きなんですよね?」
「それはもちろん」
「なら、きちんと口に出しましょうよ。気持ちは、いわないと伝わらないこともありますよ」
わたしのような、子どもから言われるのは嫌だろうなと思ったが、来栖さんは笑って首を縦に振ってくれた。
「さて、やらないといけないことは決まったとしても、どうやって花音を見つけるかだな」
「それなら、簡単だと思います。カノンさんは、来栖さんが大好きだからカッコいい姿を見せたらいいんですよ」
わたしの提案にシスターがニヤッと笑い、来栖さんが青ざめて、スノウちゃんが無表情でうなづいた。
「さー、次のチャレンジャーの登場だ!チャレンジャー、来栖!」
来栖さんが仮想空間のアバターに姿を変えて登場した。
Eスポーツのゲームのユニフォームを身にまとっている。
相手は、有名なEスポーツ選手、名前は鈴丸王(キング)というド派手な名前の人だ。9年ほど前から続く格闘ゲーム、『フルアトラクティブ』シリーズの現在の『フルアトラクティブ3』まで常にトップランカーとして上位プレイヤーとして君臨し続けている。
「先輩、久しぶりですね。こう言ってはなんですが、何してるんですか?」
2人は知り合いらしく親しそうに鈴丸選手が話しかけた。
「あの2人は大学院時代の先輩後輩なんだ。よく鈴丸の練習相手を来栖がやってたらしい」
気づくと隣にシスターがいた。
懐かしむように2人を見ていた。
「みなまでいうな、花音絡みだ」
鈴丸選手が吹き出して笑った。
「2人とも相変わらず仲が良さそうで良かったっす。でも、今はそんなことを抜きにして久々に楽しませてください!」
鈴丸選手がステップを踏みながら、両手を交差させる構えをとった。
「お前の練習相手させられてたの、何年前だと思ってんだ。加減しろよ」
来栖さんも左腕を下ろして、右腕を胸元に上げる構えをとった。
そして、対戦がスタートした。
最初は推され気味だった来栖さんが、鈴丸選手の動きを先読みし始めて、互角に戦っている。全国のトップランカーと渡りあっている来栖さんにびっくりする。というか、さっきまでシスターに怒られている姿を見ていたから、複雑だ。
カノンさんが、来栖さんのことが大好きならこんな姿を見逃す筈がない。
わたしとシスターとスノウちゃんが周りを見渡してカノンさんを探す。
人が増えてきて探しづらくなってきた。それでも、試合をしてる2人を見るとしたら場所は限られている。
試合終盤になっても見つけられない。
やっぱりいないのかなと顔を伏せたところで、肩に手を置かれた。
「久々に見たなぁ、来栖兄が戦ってるところ。ありがとね、あと、私たちのせいで迷惑かけてごめんね」
顔をあげるとそこには、誰もいなかった。
でも、確かにカノンさんだった。
周りを見渡してわたしが見つけたのは、
「おーっとここで意外な人物が飛び入り参加だー!」
実況のボリュームが上がる。
「みんなごめんねー、ちょっとこっちの人に私用事があるから。鈴丸くんもごめんね」
スピーカーから出力されたかのように声が広がる。
その声に合わせて、鈴丸選手が手をふって後ろに下がるのが見える。
更に衣装を着替えたカノンさんが円形の対戦ステージに立った。
来栖さんとカノンさん、昨日からすれ違っていた2人が顔を合わせた。
「花音、あの・・」と声を上げた来栖さんに。
「一発」
ちょいちょいとカノンさんが肩を指さした。
言われるがままにカノンさんの肩にこぶしをあてる来栖さん。
その瞬間、カノンさんの右ストレートが来栖さんの右頬をクリーンヒットした。
吹っ飛ぶ来栖さんと盛り上がる観客。
来栖さんが立ち上がると、そこには笑顔でこぶしを構えるカノンさん。
「一発は、一発。一方的なのは、見た目が悪いじゃん」
処刑宣告をするカノンさんが殴った右頬は、偶然にもシスターがはたいた箇所と同じだった。
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