震災クロニクル3/15(22)
「市内の避難所はもう満員ですね」
冷淡な声が自分たちを襲った。
「ではどうすれば……」
とっさに質問を返した。
「そうですね。どこから避難されてきたんですか」
更に事務的な質問を返される。
「○○です」
正直に言うしかなかった。原発から近い地域から来たと分かれば対応も変わるだろうという淡い期待とともに。
……
少しの間沈黙が走る。
「そうですか。では〇〇高校で線量を測ってください。結果、線量が大丈夫だったらその結果を持って会津の避難所に向かってください。人数がまだ少し空いています。向かったとしてもそれまでに一杯になってしまうかもしれませんが」
線量を測っている高校の地図と会津の避難所に地図が手渡された。
ここからかなり遠い。ガソリンはもつだろうが、もし入れなかったときここに戻ってこれるかどうかは分からない。さらに言えば、その後の見通しもない。悩んだ挙句、
「ガソリンが給油できる所は近くにありますか」
ダメでもともとの質問をぶつけた。
「……ないですね」
「では、どうやって会津に行けばいいのですか」
「そこまでは知りません」
「そうですか」
即座に席を立った。それ以上の問答は無駄だと感じた。県庁もここまでが限界なのだろう。一緒に避難してきた同僚のスタッフは悲嘆にくれていた。
「まずは線量を測りに行くか。その後のことは後で考えよう。とりあえず結果を知らなきゃ避難所も受け入れてはくれないだろ」
車に戻ると、とりあえず指定の高校に向かった。公園にはただ茫然と座っている人があちらこちらに散見される。
「きっとガソリンが無くて避難所に行けない人もいるんだろうな」
助手席の彼がふと口にした。
その一言で、今の自分たちが比較的幸運な状況であることに気づいた。ここには身動きできない人たちもいる。少なくとも僕らはまだ移動ができる。それは神様に感謝すべきだろう。少し気持ちが軽くなり、車を軽快に走らせた。
高校に到着すると、そこはごった返した人の群れ、群れ、群れ。
体育館に向かうと長い長い長い列が幾重にも重なっている。線量測定だ。気が遠くなるような待ち時間だが、仕方がない。僕らはその最後尾に並んだ。
2時間ほど経過しただろうか。順番が回ってきた。足の裏、身体すべてに金属の棒が向けられた。
「〇△×□です」
数字を言っているが、それが高いのか低いのかが分からない。
「大丈夫ですよ」
白い服に包まれた計測員が自分に声をかけた。
「そうですか。ありがとうございました」
白い紙きれが手渡された。問題なしの証明書のようなものだ。しかし、標準の線量がどのくらいで、自分の線量が高いのか低いのかそれすら教えてもらえなかった。
同僚のスタッフも問題なしの証明書をもらい、人でごった返した体育館を去った。出入り口では格安のカレー販売。
おいおい……
流石にこれはひいた。こんな状況で商売かよ。商魂たくましいとでも言うべきか。ただ、そこで食べ物を買ってしまえば何か罰が当たるような気がして、その場を足早に走り去った。販売している人の笑顔がたまらなく憎らしかった。
「ちょっと場違いな気がしますね。カレー販売とか」
やはり考えていることは同僚も一緒だった。
「ちょっとね……なんかずれてるよね」
僕ら2人は少し苦笑いをし、その学校を後にした。
さてどうしようか。
もうすぐ日も暮れる。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》