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VINTAGE⑧【音楽を作るって……】
「最近疲れてます?」
ミュージシャンのSさんに語り掛ける。一介の大学生が何を言うかと思うかもしれないが、最近Sさんがお疲れのご様子。
「たしかにねぇ」
マスターも自分に同意してくれた。相変わらずコーヒーの銘柄当てははずしまくっているのだが、今回の見立ては間違っていないだろう。
「うん……」
ブレンドを飲みながら彼は話し出した。
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彼の音楽を作る時のこだわりは凄い。いろんな音を最近録っているそうだ。鈴虫の鳴き声を昨夜は録ったらしい。
「そんな音どうするんですか」
「音楽の後ろにそっと忍ばせたり、色々使い方はあるよ」
「鈴虫の鳴き声はコンピュータで作れないんですか」
「自分たちが聞こえない音域までは似せられないよ」
「すごいですね。そこまでのこだわりとは……」
「でも、どんなに音をアレンジしても、生の演奏には敵わないよ。デジタル音源だって上の音と下の音をぶった切って圧縮して作られているからね」
「そこまで考えていらっしゃるんですね……」
「電圧って日本だと100Vないじゃん。日本の電気って汚いからね。だから、ノイズが出ないようにまた変圧器を買わなきゃならない。そうすると、国内で新しい音楽を作ろうとすると、ものすごく費用が掛かるんだ」
「ミュージシャンがレコーディングで海外に行くって、もしかしてこういう理由なのでは?」
「いや、そうだと思うよ。納得する作品を作るのには何かと日本だと不都合なことが多いからね」
「そもそも『電気が汚い』って凄い言葉ですよねww初めて聞きましたよ。そういえば日本って100Vって学校で習いましたけど……」
「家のコンセントで測ってごらんよ。たぶん98とか99くらいだから。音楽を作る時にその誤差が質を落としたり、ノイズを作っちゃったりするんだ」
「へぇ……そうなんですか。なんか自分たちっていいように簡略化したものを教わってきていますね。都合のいいように適当なことというか何というか……」
「ほんの僅かな誤差かもしれないけど、自分ら音楽やってる人から言えば、教科書通り100Vでないことが、致命的になるんだよ」
「少し悲しいですね。本当にこだわりを持って働く『職人』が活躍できないのは」
店内は少し重たい空気になった。おもむろにギターを取り、彼は弾きだした。たちまち空気は踊り出し、その上を滑るようにメロディが流れ始めた。今夜はこの音楽に酔いしれよう。彼の悲壮なまでの音楽にかける情熱が冷めないうちに。自分たちは至高の音楽に舌鼓を打ちながら、パンを珈琲で流し込む。
今日のリフはやけに胸にしみた。夏のある日、彼の心のちょっと奥を見た気がした。もっと本物の音楽が万人に届きますように。
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