震災クロニクル⑲

また夜になった。事務所には理事長、その妹、自分、もう1人の男性スタッフの4人がいた。つまらないことで、理事長が怒り、その男性スタッフを叱責している。確か珈琲の入れ方がどうとかそんなくだらない話だ。理事長の妹はその光景をにやにやした表情でただ眺めていた。

非常に気分が悪い。だが、お互い気が短くなってしまうくらい追い詰められているのだ。その場にいる全員がイライラしていた。

「もうやめましょう!」
殴り飛ばしてやりたかった。

怒鳴り口調でその場の空気を自分が凍らせた。ある程度の静寂の後、少し冷静になったようだった。

テレビでは原発の2号機燃料棒が露出していると伝えている。かなり不味い状況らしい。空焚き状態で、いつ爆発してもおかしくないらしい。一同の口が凍りついた。何も言わない時間がどれ程続いただろう。

「少しの間、避難するか」

理事長が切り出した。ここから山沿いに向かい、30キロほど離れるのだ。4人はその案に同意し、荷物をまとめた。荷物といっても手荷物と少しの食料だけだが。

理事長の妹の車に乗り込むと、急いで山沿いに向かった。一山越えたところに道の駅がある。とりあえずそこに避難して、原発の様子を見るという計画。

対向車線に車は一台も走っていない。だが僕たちの向かう方向にはたくさんの車がいた。皆この場所から離れようとしている。大勢の避難者のなかに僕らもいた。

暫くして道の駅に着くと、駐車場は車で一杯だった。漸く1台分のスペースを見つけ、そこに駐車し、ラジオをつけた。そこにいたどの車も車内で皆何かをしていた。相談、打ち合わせ、ラジオ、テレビ、そんなところだろう。トイレに向かうと、やるせない会話が聞こえる。

「……どうすっぺ」
「とりあえずは役所に行ってみっか」
「……あんまりガソリンねぇぞ。避難所までもつか」

本当に気が滅入る。さっさと車に戻って小一時間4人はラジオに耳を傾けていた。


やがて、原子炉関係の放送が一段落し、地震関連のニュースが多めに流れた。原発がある程度の小康状態にあると僕らは推測した。
「戻るか」

理事長がそう言うと、僕らは帰路に着いた。

「お前が避難しようって言うから、私たちは付き合ったんだぞ」

理事長が自分にそう言った。考えられない。お前が避難しようと言ったんだろ。心のなかで拳を強く握っていた。まぁ、指定管理の理事長の宿命だろう。自分だけが逃げたと後から言われないように、1人のスタッフのせいにしておきたかったらしい。それにしても後味が悪い話である。

自分は施設に戻るといち早く帰路に着いた。理事長らバカ姉妹と一時でも一緒にいたくなかったのだ。

アパートに帰る途中、避難先から帰ってくる車の中で見たものを思い出していた。何十台も連なった車が自分達の車とすれ違った。きっと避難をするのだろう。もう戻ることのない旅だ。僕らの車はそれらの車のドライバーからはどう写ったのだろう。きっと自殺志願者とでも思われたに違いない。

そう考えるとそのまま遠くに行ってしまった方がよかったのかもしれない。

自衛隊の車両がゆっくりと街を巡回している。帰宅した僕はただただ疲弊して、幾度となくくる余震を枕に再び眠りについた。

明日は状況が少し落ち着いていますように。


儚い願いも共に束の間の安息がその日の幕を閉じさせた。

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fal-cipal(ファルシパル)
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》