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VINTAGE【大学最後の1月を迎えて】㉑
4月からのことは何も決まっていないけど、とにかく学生生活は終わりらしい。そんなことはもう分かってはいるけれども、U大の大学院の教授からは「うちの大学院においでよ」と、誘いを戴いた。ありがたいことだが、この街から別の街に引っ越すことは考えていないし、経済的にはもう不可能だろう。実家は頼れないし。
さて、2年の間、足繫く通ったVintageともあと3カ月でお別れになるのだろうか。うまくいけばこちらで働けるかもしれないが……。
またいつものように店に向かう。見慣れた店内に少しノスタルジアの予感を感じながら、煙草の煙に巻かれていった。地味に涙を誘うBGMが別れの寂しさを演出しているのか、とにかく今はこの時間を楽しもう。そうやって、ここ数週間はVintageを噛みしめている。
出てくるコーヒーやホットサンド、そしてMDから流れる音楽を一つ一つ頭の中に鮮明な映像として刻み付けていったんだ。この瞬間を忘れないように。
「ピザトーストセットお願いします」
この店のセットで一番高い700円のセット。
ベーコンチーズトーストセットが650円
ハムチーズトーストセットが600円
トーストセットが500円……
3月まではできるだけ、ローテーションで全部のセットを食べておこう。
コーヒーとトーストは1日の食事で必ず自分の体に入ってくる。そのくらいこの店に通っていたんだ。たくさんのことを学んだし、たくさんの人と出会った。大学では出会えなかった人たちばかり……そして大学では知らなかったことばかり……。自分は大学に通いながら、半分はこの店で生き方を学んでいたのかもしれない。
「スーさんはいつ頃に戻りたいと思います?」
コーヒーを飲み終えた後、後ろの席に座っていた彼に尋ねた。
「難しいこと聞くなぁ。君と違って大学のころには戻りたくねぇなぁ。高校とか中学のころだったら戻りたいと思うけど。とにかく若いってことはいいことだよ。好きなようにやってみなよ」
「えっ、自分が大学が充実しているって思ってるということですか?」
「うん、そうだろ?」
スーさんが素っ頓狂な顔をして、僕を見つめる。
心を見透かされているような気がして、少し怖かったが、核心を突いた言葉だった。
そう、自分はこの瞬間、このときがいつまでも続けばいいと思っていた。そんなことはあり得ないのだけれど。恥ずかしくてそんなこと、大学の仲間には言えなかった。卒業が近くなるにつれて、懐古の念にも似た「時間よ、とまれ」欲求が強くなってることをスーさんは見抜いていたのである。
「地元に帰ったとしてもやりたいことやりなよ」
スーさんの言葉は、優しく僕の背中を押したが、同時に失敗を恐れるなという激励、そして社会の厳しさを裏に隠したほんのりビターな言葉としてボクに突き刺さった。
「そうですね、とりあえず3月まではいろいろジタバタしてみますよ。前に進まないとね」
ボクは未だ覚悟もできていない変化に向かって、カラ元気をはりつづけていた。もちろん、スーさんには見抜かれているんだろうけれども。
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