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VINTAGE⑫【クリーニング屋さんの苦難】
「いや~秋も深くなってきたねぇ」
ばっちりリーゼントを決めたやせ形小柄のおじさんがカウンターに座っていた。
「あっ、どうも。今帰りですか?」
11月の夕暮れ。自分も大学図書館から、まっすぐVINTAGEに来たら、このクリーニング屋さんがいた。
「今日は仕事もう仕事終わり。ちゃんと勉強してきたかい?」
「まぁほどほどにwww。いや~。もう寒いっすね。風が冷たい」
「俺はさぁ、仕事場が暑いから、いつもシャツ一枚よw」
「そんなに暑いんですか?」
「来てみるw?」
「いや、遠慮しておきますw」
そこで少し仕事の話となった。こだわりについてだ。
「やっぱりさぁ、この仕事何年もやっていると、こだわり出てくるよね。この間さ、どうしても落ちなさそうな汚れがあって、客に言ったらさ『何とかならないですか』って言ってくるわけよ。思い出の品物らしくてさ。そうなると自分もさ、『やってみるけど、もし失敗しても責任持たないけど大丈夫?』って言ったのよ。そしたら、お願いしますって言うもんだから、やるだけのことはやってみたのよ。そしたら、全部落ちたの。感動してそのお客は帰っていったよ。やっぱりこだわりっていうか、意地はあるよね」
とても誇らしく、清々しい顔をして言うもんだから、
「すごいですね」
と言う他なかった。これが社会人かと思うほど、憧れる姿であった。本当にまぶしい笑顔だった。本当に社会人というものに憧れたのはこの時がはじめてだったかもしれない。
「電車の時間があるからこれで」
彼は足早に出ていった。
「やっぱりその道のプロって凄いですね」
マスターにふと話しかけると、
「好きでやってる人にはやっぱり敵わないよ。本当に強い信念もっているからね」
……自分は果たしてそんな仕事が見つけられるだろうか。
カランカラン...…
Sさんが草臥れた様子で入ってきた。
「あ、こんばんは」
「おぅ、こんばんは。すいません、ブレンド...…」
挨拶とオーダーを一緒にすると、深いため息をつき、そして煙草に火をつける。
「はぁ、社会人かぁ」
自分も深いため息をつくと、Sさんが、
「キミは何をしたいの?」
唐突な質問だが、一番きつい質問だった。
「人と関わる仕事というか、学習関係...いや教師的なものかも……」
しどろもどろで答えると、
「うん……君はどちらかと言うと、一人で何かを研究するようなことに向いてると思うけどね」
一瞬で、その場をつなぐウソを見抜かれたような気がした。
実社会は本当に難しい……
香ばしいイタリアン珈琲が今夜はやけに心にしみる……。
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