震災クロニクル 10/1~15 (52)
10月になってもどこか蒸し暑いまま。秋はどこへいってしまったのだろう。朝晩のそよ風に少し冷たきもの感じるくらいしか、季節の移り変わりを感じることができないとは。
震災があって、季節の移り変わりなど心に留めることもなかったが、少し落ち着いてくると、どうも気になってしまう。いつもながら人間の気持ちとは気まぐれなものだ。
しかし、10月になれば何か変わると思っていた自分も少し甘かったらしい。気温もあまり変わらぬまま、この街の浮き足だった空気は未だに変わらない。
原発から数キロ離れたところでは未だに乗り捨てられた車がそのままだそうだ。20キロの地点には検問所が設けられ、立ち入りが規制されている。
この区域内に入るのは除染や解体、建設を請け負う業者と警察、あとは一時立ち入りの住民だけである。朝夕の混雑は相変わらず。
行き帰りの国道沿いにあるコンビニのごみ箱がとんでもないことになっている。溢れださんばかりのゴミの量。
きっと彼らが捨てていくのだろう。それでもとんでもない売り上げらしく、店もゴミ箱を撤去したり店内にいれたりするそぶりは見せず、ただ数時間ごとに溢れかえるゴミ箱を無言で交換するだけであった。何も変わらない毎日が無情に流れていく。
ところが、復興を印象づけるために市が行ったことはあまりにも印象的だった。
「マラソン大会」
世間に復興を印象づけるためだという。愕然とした。
……何を考えているのか。まだ通学路を辛うじて除染しただけで、マスク姿が当たり前のこの街で……。
広報活動は入念にしているようだ。
中学生代表の挨拶があった。自分はその生徒をよく知っている。その生徒に後日詳しく聞いた。
「校長室にいきなり呼ばれて、参加してってお願いされたんですよ。あまり乗り気ではなかったのですが……やはり線量のこともあるし、でも断りきれなくて……。」
しかし驚愕したのは「承諾書?同意書?」なるものだった。参加する人には必ず書かせるものだったが……
文面には何とも言い難く、人の所業とは思えない文字面が並ぶ。
要するに「健康面の責任は負わない(自己責任)。放射線量はマラソンコースでは○○です。健康には問題ありません。」
なんたる責任逃れ。こんなことにリスクマネジメントするくらいなら、はじめから開催しなければ良い。それだけのことである。
しかも実行委員会は何故か地元の住所ではない。
きっとものすごく高次元で政治的な何かが動いているのだろう。お金もうけか何かは分からないが、ひとつの世論誘導ではないかと推察できる。
子供をダシにプロパガンダでもばらまきたいのか?きっとそうだ。いよいよ人の中には鬼がいることを信じねばなるまい。自分の感覚では人外の者の所業としか思えない。
マラソン大会は大いに盛り上がるはずだ。各中学校では参加を呼び掛けている。これはもうどうしようもない。体育の先生はどんな気持ちだろう。生徒を参加させることに罪悪感の一つでも湧かないのだろうか。隠された危険と隣り合わせなのに。
しかし僕らは何も話せなかった。
隠された何かを伝えられてはいないから。
真実はまだ僕らの近くの闇の中にある。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》